短編

□Reporting Morning
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▽1600hit(咲夜様) 1/9



静かな朝。

「風はないけど気温は低いよ」
「分かった」

新しい上着を着てく,と青木澪は頷いた。
座っている彼女は今朝の新聞に目を通している。
僕は「あの赤いやつ?」と尋ねながらコーヒーを注いだ。
湯気が立って,いい香りが漂う。

「うん。正臣に派手って言われたジャケット」
「あれは誰が見てもそう言うって」

呆れながら彼女にカップを差し出す。
自分の分は机に置いて,今度はトースターから良い感じに焼けた食パンを出して皿に乗せる。
それは彼女の分。
僕は焼いてない食パンの乗った皿を持って,彼女の正面に座った。

「正臣は焼かないの?」
「僕はジャムで食べるから」
「そ」

澪は丁寧にマーガリンを塗り,

「いただきます」

一口かじった。
僕もマーマレードのジャムを塗る。

「新聞,もう見た?」
「うん」

雑に畳まれていたそれを手にして開く。

「今晩7時からの,ブルーレイで録画しといてね」
「……『全部見せます!なつかしの昭和歌謡曲』ってやつ?」
「うん。よろしく」
「お前も好きだよなぁ」
「百恵ちゃんが出るなら撮るしかないでしょ」

ぐいっとコーヒーを飲み干して,彼女は席を立った。
いつの間にか食パンとスクランブルエッグは食べ終わり,それら食器類を重ねてキッチンへ運んていく。

「撮るのは僕だけどな」
「だから,よろしくって」
「はいはい」

澪は本当に,機械という機械全てが苦手なのだ。
昔からそう。
携帯ですら「扱い方が分かんないから持ってても意味ない」と言ってしょっちゅう家に置いて出掛ける始末だ。

「てか,今日どこにでかけるの?」
「人のいるところ」
「……あ,そう」

そのくせ出掛け先を言わずにふらっといなくなるから困りものだ。
昨日だって,クリスマスだったというのに,1人でどこかにでかけていたし。
こっそり発信機でも付けるべきか,と思案しながら新聞をめくると,

「――――,」

目に入ってきた記事に,愕然とした。
そうせざるを得なかった。

「スカートだと寒いかな」

自分の部屋から尋ねてきたが,ショックが大きすぎてまだ喋れない僕。

「ね」
「…………」
「正臣。聞いてる?」
「…………一つ,訊いていいかな」

僕はゆっくりと呼吸をして,気持ちを落ち着かせる。
そして質問を口にした。


「――『Known Knocks』のボーカルオーディション,受かったの?」


「うん」

その淡泊さに,今度は呆然とした。

「ね」
「……何?」
「スカートだけど――」
「そんなことどうでもいいだろ!」

新聞から顔を上げると,今日穿くか迷っていたらしいスカートを両手で持っている彼女がいた。
珍しく大きな声を出した僕を見開いた瞳で見つめてくる。
僕だって声を荒げたくもなるときはあるんだぜ。

「どうして昨日教えてくれなかったんだよ!」
「訊かれなかった」

そりゃそうだ。
僕はそのオーディションを澪が受けていたことすら知らなかったんだから。
最終選考にまで残っていたなんて全く聞いていない。
ましてや受かったなんて。

「一緒に住んでるんだから,訊かれなくても話してくれよ!」
「……うん」
「僕は,こんなに大事なこと,新聞見て知るんじゃなくて,お前から直接聞きたかったよ」
「……ごめん」

彼女は無愛想ながらも眉を下げて俯いてしまった。
……言い過ぎた,かな。

「……あのね」
「何?」
「『Known Knocks』のボーカルオーディション,受かったよ」
「…………」

なぜ今更言う。
確かに直接聞きたかったと言ったのは僕だけど。

「――はぁ」

少しだけ頭が痛い。

「で,今日はどこに行くの?」
「だから人が――」
「どこ行くの」

凄みをきかせて繰り返し尋ねると,ようやく「……スタジオ」と白状した。

「メンバーとの顔合わせだって」
「最初っからそう言ってよ」
「……ごめん」

しょんぼりと肩を落とされては,許すしかないよなぁ。

「いいよ。怒ってないから」
「ありがと」
「うん……だからさ……」
「ん?」

なるべくそっちを見ないようにしていた僕は,

「早くスカート穿いてくれ」

それでも視界に入ってしまった,シャツから覗く細く長い生足の白さに赤面しながら,情けなく頼んだ。

「だから,スカートでも寒いか訊きに来たんだよ」
「ずっと室内にいるなら大丈夫だと思うよ」
「分かった」

きびすを返して自室に戻る彼女。

「……無防備すぎだろ」

これでも僕,年頃の男の子なんですけど。

「全然意識されてないんだろうなぁ」

つまり,そういう目で見られていないということ。
それが良くもあり,悪くもある。
幼なじみっていうのは,うん,難しい関係だよ。

もう一つため息を漏らして,僕は新聞を畳んだ。
さて。食器を洗わなくちゃ。



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