短編
□in drink
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「酔っ払いの対処方法は知ってる?」
下ろしたくて仕方なかった同僚をベットに横たわらせ,俺は少女に尋ねた。
「お風呂は駄目なんですよね?」
「そう。あとポカリとかも」
「分かりました」
肯きながら彼女は微動だにしない優木に布団を掛ける。
「それにしても,珍しいですね」
「ん?」
「優木さんがこんなになるまで飲んで帰るなんて」
確かに。
優木は酒が好きな方ではあるが,こんなむちゃな飲む方はしない。
――普段なら,な。
「俺がいたからだよ」
きょとんとした表情を向けてくる。
言葉は丁寧だが,動作の節々がまだ子供っぽい。
「俺が下戸だから。どうしても抜けられない飲み会に俺が出ると,こいつが俺の分まで飲まなくちゃなんないんだよ」
「なるほど」
納得したらしい。
「だから,……えっと,」
「中村聡」
「あ,私は津笠真奈です。――中村さんは,酔ってらっしゃらないんですね」
「そういうこと」
合間に自己紹介を挟みつつ,現状説明終了。
そして,なんだかよくわからないし居心地の悪い沈黙が少し流れた。
「あのっ,紅茶でもいかがですかっ?」
思い切った言い方で少女は提案した。
「優木さんを運んで,中村さんもお疲れだと思いますし」
――紅茶,か。
「じゃ,一杯頂く」
「すぐ用意しますっ」
彼女は駆け足で寝室から出て行った。
俺も,その後をゆっくりと追う。
紅茶が出来るまで立っているのも疲れるので,リビングのソファに腰掛けた。
相変わらず,良いとこにすんでやがる。
「真奈ちゃん」
キッチンからカチャカチャと音が聞こえる中,呼んでみた。
「真奈ちゃんって,高校生だよね?」
「はい。3年生です」
「センター試験お疲れ様」
「ありがとうございます」
ミルクとレモンとストレート,どれが良いかと訊かれたので,ミルクと答えた。
「一応,ティーパックじゃないですよ」
「どうも」
器(なんて言うんだったか)に乗せて持ってきてくれたミルクティーを一口すする。
彼女は俺と少し離れたソファに座った。
「ん,美味しい」
「本当ですか?ありがとうございます!」
喜びながら,自分のを口に含む。
「一つ訊きたいんだけど」
「はい?」
「優木と付き合ってんの?」
びくっ,と肩を跳ねさせ,少女は俯いたまま「……はい」と答えた。
――やっぱりか。
「最初は妹だと思ってた」
「……ですよね」
「でも君,『優木さん』って呼んでたから」
改めて,俺は彼女を見つめる。
――まさかあの男に,こんな年下の彼女がいるなんてな。
いくらなんでも,驚きが隠せない。
ティーカップをまた口に運んだ。
「まさか同棲――」
「違います!泊まりに来ただけです!」
「あっそう」
だろうと思ったけど。
「てことは,同じベッドで寝るの?」
「いいえ」
……は?
「優木さんはいつもここのソファで寝てますよ」
「……嘘だろ?」
「本当は私がこっちで寝るって言ったんですけど,怒られちゃって」
耐えきれず,深くため息を吐いた。
「――――可哀想に」
呟いた言葉に「え」と少女が息を詰まらせた。
続ける。
「優木が成人男子っていうのは分かってるよな?」
「は,はい」
「なら,夜にベッドの上で彼女とやりたいことがあるのも分かるよな?」
「――っ,」
俺を見ていた眼を逸らして,赤くなった顔を伏せた。
「今まであいつに手ぇ出されたことないの?」
「…………」
「なら,よっぽど君に女としての魅力がないのかもね」
ちょっと言い過ぎたかな,なんて思いながら。
「大人と付き合うって,そういうことなんだよ」
突きつけるように言って,立ち上がった。
「じゃあ俺は帰るから。紅茶ごちそうさま」
そのまま玄関に向かう。
彼女は小走りで追いかけてきた。
「あいつの鞄に液キャベ入ってる。もし明日しんどそうだったら飲ませてやって」
「……はい」
「あと一つ」
子供はこんな時間まで起きてるもんじゃない。
まるで説教のように言い残し,「おやすみ」を告げてからドアを閉めた。
子供は苦手。
つーか,嫌いだ。
人を好きになること。
人を愛すること。
どちらもまだ知らない。
その無知故の未熟さと純粋さが,俺には鬱陶しくて仕方がないんだ。
だからあんな意地悪いことを言ったのかもしれない。
なんて思いながら,とっくに日付の変わった夜の中,自分の車のキーをくるりと回した。
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