短編

□please...
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「和泉せんぱーっい!」
「……何よ」

例え究極に鬱陶しそうな反応をされても挫けないのが俺,葛原亮一(クズハラリョウイチ)だ。

「先輩,明日が何の日か覚えてますよね!?」
「明日?」

思いっ切り眉根をひそめられた。

「ちなみに今日は2月13日の日曜日です」
「てことは,14日のことね…」

少し考え込んでから,「あっ」と声を出す。
思い出した!?

「そういえば,総合のレポートの提出日だったわ」
「…………は?」
「だから,レポートの提出日でしょ?」

真顔でそんなこと言われてしまった。
すみません,それ,俺にとってはかなりどうでもいい予定です。

「抹下(マツシタ)さーん!」

急に落ち込んだ俺を前に首を傾げた先輩を呼ぶ声がした。
そして引き戸が開く。

「何だ,ここにいたんだ」

教室に入ってきた水城先輩を見て,俺は思わず舌打ちしたくなった。
――いけすかねぇ。
他の3年のほとんどが,引退してから全く部活に顔を出さないっていうのに,この人だけは週1以上の頻度で来やがる。
それが本当に気にくわない。
どうせ和泉先輩目当てなんだろ,この優男が。

「基礎練習に使える楽譜ってあるかな?」

「えぇ,ありますよ」

和泉先輩は自分の楽譜ファイルをごそごそ漁りながら「武藤を見てくれてるんですか?」と尋ねた。
すぐに発見された楽譜を受け取りながら「うん,そうだよ」と頷く水城先輩。

「いつもありがとうございます」
「いやいや。僕にはこれくらいしかできることないから」
「ならとっと帰――いでっ!」
「口をつぐみなさい」
「……スミマセン」

思わず本音が漏れてしまった。
反省しつつ,分厚いファイルで叩かれた後頭部をさする。

「そういえば,」

柔らかい笑顔をやつに向ける。
……なんか俺と喋るときと態度違いません?

「水城先輩って,甘いもの大丈夫ですか?」

……………………。

イマナント?

「ん?……あぁ,うん。大丈夫だよ」

水城先輩は一瞬だけどうしてそんな質問をするのかと戸惑っていたが,すぐ明日が何の日か思い出したらしい。
にこやかに答えた。

「ならよかったです」
「――ちょっと待ってください!!」

俺は思い切り叫んだ。
少しだけ目を見開いた水城先輩に――でなく,じとっとした目で睨んでくる和泉先輩に向かって。

「どういうことですか,和泉先輩!」
「何よいきなり」
「すっとぼけないでく
ださい!」

ばしーんと机を叩く。

「俺には『バレンタイン何それ美味しいの』みたいな反応すら見せなかったのに,何で水城先輩には笑顔でチョコあげるフラグ立ててんですか!!」

しかもやることが明らさまに確信的だし!

「――いけないかしら?」

それはそれは,静かな声だった。
一歩引いてしまうくらいに。

「いっ,良い訳ないで――」
「それこそどうしてよ」

和泉先輩は,俺より頭一つ分弱低いところから真っ直ぐに見つめてきた。
腕を組むポーズがこれほど様になる女子高生もそうそういないだろうな。

「どうして私が彼氏でもないただの後輩であるあんたにチョコを渡さなくちゃ行けないの?」
「っ……,でも!!」
「うるさいわね。誰に渡そうと渡さまいと,私の自由だっつの」

その一言で。
俺は,突き落とされた気持ちになった。

「…………の,――」
「は?」

リクエストにお応えして,俺ははっきり言ってやった。


「和泉先輩のバカッ!!」


いてもたってもいられなくて,教室から逃げるように走り出た。


「先輩なんか水城と2人でいちゃらぶちゅっちゅしてればいいんだああああああ!!!」


張り上げた声が濡れていたのは,
多分気のせい。


……そうだと信じたい



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