短編

□銀河鉄道の夜の果てに
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静かだった。
もちろん、列車に乗っているのだから、車体が揺れる音も窓が風に叩かれる音も聞こえてはいるのだけど、どうしてかこれっぽちも気にならない。
きっと誰にも理解されない静寂を味わっていると、目の前の彼女と目があった。

「君は、どこまで行くの?」

彼女がその問いかけに答えるまでに、列車は雁を3羽追い抜いた。

「朝まで」

薄紅の唇はそれ以上を紡ごうとはせず、瑠璃の双眸は車窓に向けられてしまった。
何か面白いものでも目に入ったのだろうか、と僕もそちらを見るが、これといって何もない。
先ほどと変わらない銀河が広がっているだけだった。
そして一度、車体が大きく跳ねる。

「それは、時間のことだろう?僕は目的地――もしくは、降りる駅を訊いたんだ」
「だから私、朝までと答えたでしょう」

……駄目だ、埒が明かない。
少しいらだって、「なら切符を見せて」と迫ると、彼女は一瞥もせず「嫌よ」と無愛想に言う。

「どうして?」
「どうして?」
「それくらい、いいじゃないか」
「嫌よ」

まるでかけ間違えたシャツのボタンだ。
食い違って、上手く収まらない会話。
多分それは、彼女が僕に全く興味がないからだろう。
だから、「そういう貴方はどこまで行くの?」と彼女が尋ねてきたのが意外だった。

「――僕は、」

ふいにこちらを見たラピスラズリが星の光に反射して煌く。
その綺麗さに、僕は彼女に分からないように息を止めた。

「僕は、」
「僕は?」
「僕、は」

もう一度、声に出さず「僕は」と口を動かす。
おかしいな。
そんなはずないって、でも、確かに、あれ?

「……分からない」

彼女に言うわけでもなく、ただ自分でも確認するように僕は呟いた。

「切符は?」
「多分、持ってない。買った記憶がないから」
「そう」

ラピスラズリが瞬いた。
そして彼女は右手を差し出した。

「切符」
「え?」
「見たいんでしょう?」
「あ、……うん。ありがとう」

なぜかくしゃくしゃの小さな紙切れを受け取る。
ずっと彼女の手のひらにあったのか、少し温かい。
そうか、僕らは生きてるのか。

「そこに、全部書いてあるわ。私の降りる駅も、君の行く先も」
「え?」
「それじゃあ、さようなら」

何を言っているのか、だからどう尋ねればいいのか、戸惑っている間に彼女は別れの言葉を告げ、列車はトンネルに入った。





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