捧げ物

□彼女と噂
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▽7/25〜9/27



『出会うと幸せになれる人がいるらしい』


……あ,そんな言い方だと,あんまりにもアバウトすぎるか。

では,訂正。


『出会うと,その日一日を幸せに過ごせる人が,この学校にいるらしい』


これでどうだろう。
少しは分かりやすくなったかな。

ちなみに,らしい――という言い方をしたのは,僕自身が彼女に会ったことがないからだ。

僕は学校で働いている。
(よく勘違いされるが,職員ではない)

この話は,たまたま先生から聞いた,この学校の言い伝え(というほど昔じゃない。どころかごく最近の話)らしい。

なんでも,相当の美人だとか。
……美人と言うからには,そうとう性格が悪いんだろうな。

三次元に美人に性格のいい人間がいる訳ない!
そんなのは二次元だけの話だ!


失礼,取り乱した。

でも,揺るぎない事実だと思う。


――――――――


いや,それにしたって。
この噂自体が,曖昧模糊としてはいないか?

まず,『出会ったら幸せになる』ってどういうことだよ。
具体的に――小銭を拾うとか,財布を拾うとか,100万の入ったアタッシュケースを拾うとか――どういうことが起こるのか,まったく分からないじゃないか。

出合ってどうなったのかわからなければ,こちらとて信じようが無い。

……うーん。
そもそも,誰なんだ?
この噂を立てたのは。

考えれば考えるほど意味不明だ……。

ま。いーや。

どうせ,生徒じゃない僕には関係のない話さ。

その出会ったら幸せになれる彼女には興味があるけど――

わざわざ彼女に会わなくとも,


僕はもう,十分幸せだから。


――――――――――


「なぁ,知ってるか?」
「知らないってか興味ないつーかどうでもいい」
「ツンデレですね,分かります」
「病院行って来い」
「ナースと仲良くなってくるわ」
「俺にも紹介しろよ」
「やだ。で,最近学校で流れてる噂だけど……」
「あぁ,例の出会うと幸せになれる美人さん?」
「そうそう!」
「……でもなぁ」
「ん?」
「それって……ただ単に,ウチが男子校だから,女子に会えるだけで幸せってだけの話だろ?」
「言っちゃえばな」
「……なのに,今じゃそんな変な噂が流れてるって,本人にしてみたら,迷惑なんじゃねーの?」
「いや,本人さんは気づいてないらしいぜ?事務員だから,生徒との接点が無いのは仕方ねーよ」
「そういう問題か?」
「それに,本人自体も変わってるらしいし」
「ん?」
「その美人さんさー,」
「うん」

「一人称,『僕』なんだってさ」





▼おまけ


数日後。
噂の出会うと幸せになれる彼女は,事務員の仕事を辞することにした。

「これからは,旦那さんと,お腹の子と,3人で協力して生きていきます」

一部のあざとい生徒は,凛々しく挨拶をする彼女の左手薬指に,今まではつけていなかった光るそれがあることに気付いていた。
あちこちから,なんとも言えないため息の出る音がする中,


「ここでの生活は毎日充実していましたけど――噂の彼女に会えなかったことが,僕の唯一の心残りです」


その一言で,体育館は静まりかえったのだった。





―――――――――――――

うっかり書き忘れていたもう一つのオチを付け足しておきました。
蛇足な気もしますが,せっかく書き直せるなら,と思って。
他も,ちょこちょこ修正してあります。



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