捧げ物

□猫の前髪
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▽9/27〜12/17



「…………やっちゃった」

それからしばらく,鏡の中の自分を凝視する。
当たり前だけど,どれだけガンつけても変化はない。
あたしは重い重いため息を漏らして,時間が来てしまったので仕方なく鏡の前から離れた。

最後に,と振り返る。

鏡に映る自分。

メイクはばっちり。
クマもない。
服だって,一昨日買った可愛いやつだ。

――ただ,


「この前髪はないわ……」


眉上で切りそろえられた自分の短いそれをつまんで,またため息をついた。

いやだ。
こんな,小学生みたいな前髪。
すごく気に入らない。
自分で切ったから,なおさら腹が立つ。

なんで,よりによって,デートの日の朝にこんな事しちゃったんだろう。

「馬鹿だ,馬鹿すぎる」

待ち合わせ場所に向かう足どりは重い。
きっと,顔も荒んでる。

少しだけ泣きたくなった。



「あ,前髪切ったんだ」
「……気付いちゃうしさ」
「え?」

彼はきょとんとした。
かなりの間抜け面。
かっこいいのに,もったいない。

「……切りすぎちゃったの!」
「そう?」
「そう!」

やけくそ気味に叫ぶと,

「もしかして……気にしてた?」

気まずそうに訊かれた。
あたしはそっぽを向いて答える。

「してた」

――あぁ,もう。
ホントにいやだ。

なんでこんな前髪なんだろう。
どうして前髪ごときにイライラしてるんだろう。

この前髪なんかよりずっと子供な自分が,すごいいやだ。

「…………んー」

彼は首を傾げた。
何よ。そんなに変なの?
ならはっきりそう言えばいいわ。

「可愛いよ」
「嘘吐かないで」

嘘じゃないよ,と苦笑いされた。

「ほんとにほんとに可愛いって」
「…………ほんとに?」
「だから,ほんとだって」

すると,大きな手で頭を撫でてきた。
柔らかく微笑みながら言う。

「前髪ってさ。自分が思ってるほど変じゃないからね」
「…………」
「だから気にしないで」

可愛いんだから。

恥ずかしがるわけでもなく,あんまりにも自然に彼がそう言うもんだから。
なんだか笑えてきてしまった。

「あははっ」
「え?何?俺,おかしなこと言った?」

慌てる彼の様子がおかしくて,また笑いが込み上げる。

――あれ。

さっきまであんなにすさんだ気持ちだったのに,今はそんなこと全然ないや。
自分でも笑っちゃうくらい,単純な性格。
ううん,気分屋なだけか。

「ありがとね」
「ん?」

不思議そうにしてから,すぐに優しく微笑んでくれた。

「どういたしまして。じゃ,行こうか」
「うん」

歩き出すのと同時に,どちらからともなく,手を近づけて指を絡め合う。
恋人同士なら,とても自然な行為。

「今日は秋物のバックを見るんだっけ?」
「そうそう!」
「あんまり時間かけないでくれよ」
「これでも早く決めてる方なの!」

たわいもない会話をしながら,ウィンドウに映る自分を横目で見た。


――なんだ。


この前髪も,そう悪くないじゃん。





―――――――――――――

切りすぎた前髪って気にするよね!
でも好きな人に気にするなって言われて素直に頷く女の子って可愛いよね!



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