捧げ物
□Birthday Question
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▽まつさ誕生日企画 4/29
「例えばですけど」
彼は口元に柔和な笑みを浮かべて、どこを見ているかはっきりと分からないような目で私を見た。
「自分がいなければよかった、なんて思ったことはありませんか?」
わたしはその問いかけの意味も意図も分からず、単純にどういうこと?と訊き返した。
彼は中身のないグラスを弄りながら言葉を紡ぐ。
「自分のせいで誰かが不幸になっている……あるいは、幸福になれない、なれなかった、なりようがなかったことは、少なくとも貴女の生きてきた十七年間で、何回も起こってきたことだと思うんです」
その全てに貴女自身が気がついているかは知りませんが、と続ける。
彼の手に弄ばれているグラスに光が反射して綺麗で、短い間だけ見とれた。
それはそうだろうね、と曖昧な返事をする。
「だからそれで、いつも馬鹿みたいに明るい貴女でも自分の存在を否定したことがあるのかなーって」
そりゃあ、私だって人間だもの、自己嫌悪とか、自己非難とか、したことあるよ、なんてわざとらしく肩をすくめてみせる。
彼は目を見開いて私を見た。
「意外でした」
失礼な。
「嘘ですけど」
しかも嘘かよ。
「話を戻しますけど……、でも、そう思ってもここにこうしているってことは、そこまで深く自分を消してしまいたいと思ったわけじゃないんですね」
そういうことになるね、と私は微笑みながら嘘を吐いた。
この歳になると、無駄な嘘を吐きたくなるのかもしれない。
「――よかったです」
何の前置きもないその言葉に拍子抜けた。
「貴女が今この瞬間に、ここに生きていてくれて、よかったです」
彼は続ける。
「きっとこれから、それが真実かどうかはともかく、貴女のせいで不幸になった、あるいは幸福になれなかったなどとほざく輩は何人も現れるでしょう」
「けれど、貴女のおかげで幸福になった、あるいは不幸にならなかったと微笑む人もこれまでにいて、これからも必ずいるだろうということを忘れないでください」
「できれば、そのうちの一人が僕だと言うことも」
しばらく何も言えなかった私に、彼はにっこりと笑った。
「……なんだか変な話をしてしまってすみません」
首を振る。
遅れてからううん、と声が出た。
「ならよかった」
そして、「それでは」といつの間にか赤い液体の入っていたグラスを私に差し出した。
「お誕生日おめでとうございます」
*次はあとがきです
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