章用 その他

□メルティング・ハート
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可愛いチョコレートが作れるぐらいの腕なんて、高校生になれば珍しくもない。
彼氏や片想いの彼にはもちろん、友チョコという言葉が珍しくなくなった近頃、女子の料理スキルは年々パワーアップしていると言っても良い。今も仲の良いクラスメートから凝ったブラウニーをもらったところである。少し前からずっと熱い仲の彼氏がいるその子は余裕で友チョコ義理チョコを配って回っている。二人で巻く用のマフラーも編み終わったらしい。目を血走らせた他の女子とは一線画した風な彼女を眺めて桐木アリスは惨めになる。



常日頃からお茶汲み係含むメイドなおつうさんを始め、寮生活での料理を賄うりんごさん、女のたしなみとして料理も叩き込まれているであろう乙姫さん。そして乙女なおおかみさん。おおかみさんは不器用でも亮士くんのために一生懸命作るのでとびきり美味しいチョコレートになるのだろう。
私は、と言えば平均的な器用さ。埋没し印象に残らない程度の器用さ。義理チョコならそれで良いだろう。御伽銀行の仲間には配るのはちょっとしたものだ。心配しなくても一年生男子二人は本命の彼女からもらえるから大丈夫。問題は私の、本命。
一応作ってきてはいる。無駄にラッピングに力を込めた恥ずかしいチョコレートケーキ。中はハート型だというのがますます恥ずかしい。昨日仕事と勉強を済ませて夜遅くに作ったのが恥ずかし仕様になった原因だった。味に問題はないと思うが、私の馬鹿!
当の本人は御伽銀行の仕事上親しくなった子から義理チョコの回収に行って(馬鹿!)帰ってきたと思ったらまた美少女に化けて学園中のチョコレートを総召し上げに行った(どうしようもない!)。なければ買って献上させる美貌の持ち主。そんな彼に、私はチョコレートをあげようとしているのだ。あげたくなくなった。泣きそうだ。
なんとなく御伽銀行にたまっている仲間たちに義理チョコを配る。
「わあ、アリスさんから貰えるなんて感激です!チョコと一緒にアリスさんも食べてしまいたい!」
「たーろーうーさーまー」
「あ、ありがとうッス」
おおかみさんになんとなくムッとした目で見られる。素直じゃないが体から好き好きオーラが出ているおおかみさん。可愛いと思うし、素直になれない自分を嫌悪したくもなる。思わずプレハブ小屋を飛び出した。
放課後だから止める者もない。足が勝手にそこに向かうことに気付いて、少しの反抗を試みた後降伏。どうせ誰もいないのだろう。辿り着いた懐かしい公園のブランコに腰かけて、揺らす。従兄弟である彼と私の家は近いのだから渡そうと思えば今からでも渡しに行けるが、学校を出てきた以上そんな気にもなれない。特に美味しくもないチョコを渡して想いを伝えて、どうなると言うのだ。ネガティブが頭をもたげてアリスをうつむかせる。
「捨てちゃおうかな…」
顔を上げた先には陰気なくずかご。錆びた空き缶一つと何かのチラシが一枚。濃いピンクの箱となけなしの勇気をその中に紛らせることは酷く簡単に思えた。
「駄目だよ?」
不意に、チョコレートを取り上げられた。あ、と思って見た先には感情不詳の彼がいつものように笑っていた。
「頭取…」
ハートの箱を摘まんでこちらを見ているリストは全てを見透かしたように笑った。
「やっぱり、ここにいたね?」
王子様は見つけてくれた。アリスは泣きそうに、頬を染めて頭取を見つめている。
「探したよ?まだ僕にチョコくれてないし、皆に聞いたらアリス君帰っちゃったって言うし?」
返事をしないアリスに構わず、手にした箱を持ち上げてみせた。
「これもらっていい?」
「…どうぞ」
元から頭取のですし…。小さな声を聞き逃さずにリストはにっこりすると、シルクのリボンを解いた。
「あ…」
アリスが小さく呟くが、止まらずリストはラッピングを開きアリスの手作りお菓子に辿り着く。愛らしいブラウンがハートに型どられ王子様の唇を待っている。
いただきます、と呟くとリストは躊躇わずにチョコレートケーキを口に運び飲み込んだ。こくりと喉が動くのをアリスがぼんやり見つめている。
ハートが一口欠けた後、アリスの好きな人は優しく目を細めた。
「美味しい」
疑問符なしの正直な感想はアリスの堅い表情をゆっくり緩めた。
「やっぱり、アリス君のお菓子が一番美味しいな?」
平凡な甘味を心の底から賛美する彼。ブランコの柵に腰かけてアリスを確認するように一目見てからリストは続けて二口目を味わう。
「アリスちゃん、昔から料理うまかったよね」
この人は昔から、私の望む言葉を言ってくれる。りっくんが好きです、と胸の中で想う。
堪能して、名残惜しそうに指に付いたかすを舐めるリスト。ごちそうさま。ありがとう。独り言みたいに言った。
「行こうか、お姫様?」
おどけて、恭しく手を差し出してみせる王子様にお姫様はブランコから立ち上がって麗しい御手を預けた。
リストはそのまま手を繋いで帰ろうとして、掴めなかった。
「どうしたんですか頭取」
きょとんと首をかしげた彼女に苦笑してなんでもないよ?と取り繕う。既に夕暮れ時の下校路で二人。友達以上恋人未満の間を取って歩む。隣を歩くアリスに届かないように呟いた。
「好きだよ」
秘めやかな告白はチョコレートと一緒に、口の中で溶けた。







――――――
バレンタイン遅刻!いっけね☆((
両片想いもチョコもうまうま。

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