章用 その他A

□ありったけの愛と敬意を込めて、君の名を呼ぶ
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(死ネタ)




ベッドの上ではダニエルと呼ぶことを言い出したのがどちらだったか彼はもう覚えてない。最大限の敬意を込めて囁かれる「ダニエル」は快楽でありもはや遊戯の大事な要素だった。
ルジーと愛称で返すとマイルズは目を細めた。まだ可愛い青年だった頃の彼が、仲の良かった売春婦にルジーと呼ばれていたのは覚えている。彼の初恋だった。
傷跡で飾られた逞しい胸板は温もりをもって脈を打っている。ダニエルは愛人の心臓の音を聞きながらたぬき寝入りを決め込んでいる。吐息は彼らしい煙草の匂いで安心する。ロマンスグレーを撫でながらマイルズは言った。
「こうしてベッドの上で貴方を見送ることが私の役目だと思ってます」
「ああ」可愛い部下たちに囲まれて大往生するのが老いたギャングスタの唯一の夢だった。
「でも私は貴方と死ねるならどこでもいいんです」
目を開くとマイルズは混じりけのない瞳をこちらに向けている。
貴方と一緒なら撃たれて掃き溜めで死んでも構わない、と呟く彼にそんな最期を想像する。それはそれで幸せな光景だった。でもまだダニエルは死にたくない。
「腹上死ならお互い満足だろ」
愛人はムードも忘れてぷっと吹き出した。
「悪くない」
ダニエルは彼を見つめると蠱惑的に誘う。
「天国に連れてってくれ」
「もちろん。ダニエル」
マイルズはゆっくり覆い被さると唇を重ねた。





また一つ墓標が増えた。長く連れ添った右腕をなくして巨大な喪失感に僅かな感傷が苛まれる。人がボロ雑巾のように死んでいくこの街でいちいち感傷に浸っていても仕方ないのは知っている。しかし彼は半世紀も尽くしてくれた良き相棒だったのだ。墓石に刻まれたマイルズ・マイヤーの文字に目が眩みそうだった。新品の墓石の前に佇む。
君は私と死ねるならどこでもいいと言ってたのに、叶わなかったな。私の背中を庇って死んだ、揺るがない忠義に感謝する。

墓参りを終えて、静かな屋敷に帰ってきた。専用の安楽椅子に沈み込む。少しくたびれたと思った。まだ若いんだから頑張ってください、と励ます彼がいないことに気付いた。
ルジー。愛人の名を呼ぶ。君は幸せだったか、と呼び掛けたら胸の中に棲む彼は幸せでしたと答えそうで、許されてしまいそうで怖かった。
一人で寝る夜は寂しくなるな、ルジー。








――――――
いつか来る別れの時に!
ILOVEYOUを語らない大人の男ダニーに夢を見ている。ギャングスタ面白いよ!素敵なおじさんが多くて!

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