章用 DRRR

□サロメ
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「誠二、『サロメ』って読んだ?」
古代ローマの本を読んでいた誠二は、ふと顔をあげて美香を見た。
「サロメ…。ああ、読んだ」
それがどうかしたのか?と誠二は言う。
「いや、今見つけて、懐かしいなーと思ったから言ったの」
「そうか」
「ねえ誠二」
珍しい儚げな表情で、美香は誠二を見つめる。
「張間美香はサロメだよ」
「?」
「好きな人を愛して、愛して、自分を見てくれないなら殺しちゃうの。殺して死体とキスをする」
当の好きな人の前でそれを言うのは良くないんじゃないか、と誠二は思うが何も言わない。
「じゃあそのうち俺も殺されるのか?」
「うーん」
美香は少し考えるように視線をさ迷わせ、言った。
「そうかもね」
これが彼女なりの愛なのだ。
「…」
誠二は何か思うように口をつぐみ、それから手を差し出した。
「ちょっとそれ、貸してくれ」
美香の手にしていた『サロメ』を受け取り、図書館の机に広げる。
ラストの方まで紙をめくり、目当てのページを開く。
「ほら」
開かれたのはおどろおどろしい一枚の挿し絵。
盾に載せられた男の首に清楚な少女が口づけをしている。
「これを見てさ、俺、サロメがヨカナーンの首だけに惹かれたんじゃないかと思ったんだ」
美香は黙って絵と誠二を見ている。
「まあ首に惹かれるなんて俺ぐらいしかいないだろうけど」
己の性癖が幾分変わっていることを自覚している。
「サロメはヨカナーンが自分を見てくれないから殺すしかなかったんだろうけど俺の解釈で見たらサロメはヨカナーンの体さえも煩わしくて、首だけにして初めて想いを遂げられたんじゃないか」
誰にも言ったことのない想像を初めて打ち明けた。
「それでもいいんじゃないかな」
彼女は言った。
「誠二の愛もサロメでしょ?」
何にも勝る狂気のごとし愛。
愛する人を殺すこともいとわない、ひとつの気高い愛の形。
彼女も彼も、愛の深さではサロメに勝る自信があるのだ。
「愛してるよ、誠二」
脈絡もなくそう口にして美香は笑う。
首が浮かべた笑顔に対してか、もしかしたら張間美香に対してかもしれないがその笑顔を。
誠二はとても愛しく思った。



――――――
サロメ未読の方は置いてきぼりでした。
実は書いた本人も未読であります、置いてきぼりです。

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