章用 DRRR

□沈没後、窒息あるいは到達
1ページ/1ページ

気に食わない気に食わない気に食わない!どうしたって気に食わない。
彼女の願いがひとつ叶えられて、しかも彼女は仕事に来ない。
まったくもって、

「気に食わない」

つい口に出してしまったが、彼女のいないこの部屋において独り言を聞くのは呟いた本人、己しかいない。

折原臨也の助手である矢霧波江が無断欠勤している。

もちろん彼女だって人間なのだから理由のない、もしくは言えない休みだってあるだろう。
しかし新宿随一の情報屋である折原臨也は知っていた。
彼女が今日どんな理由をもってして仕事を放棄しているのかを。

「ブラコン女め」

無意識に爪を噛む臨也の言葉に表される通り、波江は最愛の弟の為に休んでいるのである。

弟の為であって弟に会いに行ったわけではないその理由とは、簡潔明白。弟の恋人の顔面を破壊しに行ったのだ。
倫理的にはとても許すことのできない行為ではあるがここまでは臨也の予想内。
しかし彼の思いにそぐわないのはその後、最愛の弟が姉に口付けをしたという事実だ。
倒錯的だが愛のこもったものではない―だって彼は「首」を愛しているのだから―口付けでもそれが想い人からのものなら幸せだろう。
彼女の想いは人一倍強く、重かったから尚更だ。
それで熱に浮かされて有能な助手は仕事に来ない。

そして臨也が苛立つ今に至る。

コーヒーを淹れるのも書類の整理もその他雑務も全部自分で。

何時もよりイライラするのは自分が淹れたコーヒーが、美味しくなかったから。それとも?

仕事がちっとも進まないまま、臨也はコーヒーを淹れ直す。

「…給料引いてやる…」



「無断欠勤は減給だよ」

冷たい声で言ったにも関わらず波江はどことなく嬉しそう。昨日の夢見心地から脱していないのだ。
書類の整理も片手で完璧に。文書づくりも嫌がらず、ただコーヒーがちょっと甘い。
波江が仕事に来たし、手際の良さに拍車がかかる。良いことのはずなのに何故か、臨也の苛立ちは直らなかった。

ちょっとは反省してよ。

鼻歌なんて奏でながら早い夕食をつくる波江の姿に覚えたまるで子供のような苛立ち。

「波江」

「何?」

ちょいちょいと乱暴に手招くと、少し嫌そうながらやってくる。
椅子に座った分見下される高さで彼女が前に立つ。

手を伸ばして後頭部。
引き寄せて、零距離。

「!?」

白黒する瞳が見える。だんだん顔が歪んでいく。

なんで俺、波江にキスしてるんだ?と思った時には張り飛ばされていた。
頬に痛み。チェアーから堕ちて泣きそうな彼女の顔を見つめている。

波江のこんな顔、はじめてみた。

眉を八の字に下げた波江は、臨也予想を裏切って唇をひとこと動かした。

「殺してやる」

空の両手で臨也を床に押し倒して、首を掴む。

「殺してやる!」

締め付けられて、足をばたつかせるのがやっと。
走馬灯がよぎりだした時に不意に頬に水滴が落ちた。
涙。

「誠二のキスなのよ、あんた、あんたなんかに、汚されてたまるものかしら!」

ボロボロと雫を溢して叫ぶ。

死んでもいいや、と思った。

しかし波江の指は緩み、臨也が息が詰まることはなかった。
初めて感情を露にし、泣きじゃくるだけとなった波江を見て臨也は初めてこの女が好きなのだと悟った。


もっと深く、深く潜らないと触れることすら叶わない。
些細な波じゃあ揺らがない、貴女のハートは海の底。
半可な酸素は持たないので。




――――――
伝えたいことはあるんだが力不足で書けない。臨波ラブ!って言っとけば誤魔化せるかね?
word:様にお借りしました。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ