章用 DRRR

□ツーカーな二人
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傍迷惑なこの男が自分の家に転がり込んできてはや一ヶ月。正直帰ってほしい。
「旦那。今ぽちたまやってるみたいですよ。そっちにしません?」
それは伺いじゃなくて報告だろう。既にチャンネルを12番に変えている赤林に四木は憤慨した。
「小骨が刺さった…」
夕飯の鯖を見つめつつぼやく赤林。自分の喉に手を突っ込んでは涙目になっている。
「あいたっ。取れないもんですねえ」
「…米を丸飲みすると反って骨が刺さるらしいですよ」
「そうなんですか。おいちゃんたちがこどもの頃はそうやってとったもんだけどねえ」
その言葉に赤林の少年時代を想像して、気分が悪くなって止めた。別に幼い赤林少年に罪はないのだがいかんせん今の赤林成年が厄介者すぎる。
「可愛さ余って憎さ百倍ってわけですか」
「違います」
しかもなんで考えてることがわかるんだ。気持ち悪い。四木は器用に自分の分の魚の骨を避け白身を口に運んだ。美味だった。やはり旬のものはいい。
「旦那ぁ、骨取ってくれません?」
しばらく悪戦苦闘していたらしい赤林が涙目で懇願してきた。いい親爺が。気持ち悪い。
「米でも丸飲みしたらどうですか」
「もっと刺されと!?」
四木は本当に興味なさげに味噌汁を口に含んだ。ふむ、美味しい。出汁がよく出ている。赤林にしては手が込んでいるのだろうか。
「あ、それ安かったからインスタントだけど買っちゃったんだよ。旦那が気に入ったみたいで良かった良かった」
「…」
黙りこむ四木。こればかりは赤林に非はないが、無性にその顔をぶん殴りたくなった。
「ねえ旦」
「黙ってください」
「ね」
「黙れ」
しゅん、とうつむく赤林。だから大の男がやる仕草でもやっていい仕草でもないだろう。
赤林が黙ると自然に会話はなくなって、聞こえるのはテレビの音声だけだった。高い子犬の鳴き声。赤林は画面に見入って茶碗を醤油瓶を倒した。
「あー!」
慌てて赤林が醤油瓶を掴んでフローリングは事なきを得たが、テーブルはどうにもならない。茶色の水溜まりを見て赤林は黙って布巾をしぼってくる。
どうしようもない大人だなと四木は思った。
醤油色の布巾は香ばしい匂いになった。
「すいません…」
罰としてテレビの電源は落とされた。密かにぽちたまを見たかった四木はさらに苛立つ。液晶の中の無垢な子犬に罪はないというのに。
今度こそ本当に静かになった。食器の音が二人暮らしの家屋に響く。
食事は賑やかにしたい、と赤林が先日主張していたことを思い出す。同居人の希望に添う気なんてさらさらないので四木は沈黙を固持したままである。
「それ取ってください」
「はい」
自然にドレッシングを渡しておいて愕然とした。
いつの間にか奴の思考を読めるようになっていたなんて、馬鹿な。
赤林はヤクザ稼業の一同僚であり、なんだか知らないが四木の住居に転がり込んできたただの昼行灯に過ぎない。
しょっちゅうひっついてくるこの男を、可愛くない猫だと思い込むことに尽力している四木としては見過ごせない事態である。
「旦那はいい日本人ですよ。いいお嫁さんになれますねえ」
脳みそとろけてんのか。そう罵倒しようかと思ってふと動きが止まる。
妙に納得がいくものの絶対に認めたくない一つの可能性。思い当たったそれを冗談のように尋ねてみることにした。
「あんた私に惚れてるんですか?」
「ええ」
こともなげに言って味噌汁の椀を傾ける。
「あ、確かにこりゃあなかなかいけますね」
絶句した四木を見て赤林は言葉を繋いだ。
「旦那、知らなかったんですかい」
「ええ、初耳です」
赤林はいささか驚いたように味噌汁を置く。
「じゃあなんだい。俺はなんでこの家に住んでんですか?」
「…私に聞かないでくださいよ」
赤林はちょっとたじろぐ。のち握りしめたままだった箸を置いた。
「いや別に旦那に聞いてる訳じゃねえんです。俺ああんたに惚れてるからここにいるんです」
それは由々しき告白だった。
「あんたが、私に?」
「知らなかったんですか」
きょとんとした顔で向き合う二人に、冷めていくインスタント味噌汁。
「…はあ」
どうやら夢ではなさそうなので四木は悪い目眩を覚えた。
食い意地の張った昼行灯は箸を持ち直して白米を口に運んでいる。
突然の告白に四木は困惑するばかりだった。
見かねたように赤林は冗談めかして呟いた。
「おいちゃんはこれからも、ここに住んでいいんですかね?」
「だってあんた、家売っ払ったんじゃなかったんですか?」
「まあ、ねえ」
「行くあてないじゃないですか」
「でも旦那、知らなかったんでしょ」
それがなんの、と四木が問うと赤林は困ったように笑った。
なかなか珍しいその笑顔に断じてほだされた訳ではないが、鬼ではないので。
「まあ、まだここにいればいいんじゃないですか?」
のちに自分がその選択を後悔することになりそうだとは薄々気付いていたけれど。
「ありがとうございます!」
パアッと明るくなった表情に、眉間の皺が緩んだのは事実だった。
可愛くない猫に案外ほだされているらしい。四木は深々と溜め息をついた。
「そう言えば骨取れてますねえ」
わかるのはこれから先もやり辛い同居が続くということと、赤林は意外に不器用だということだけだった。






――――――
いい夫婦の日!
書いていて楽しかったです。

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