章用 DRRR

□四
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「お前さん何かしたのかい?」
「してねえよ!てめえこそ何かしたんじゃねえのかよ」
「あ、あんた本家に借金があったねえ。それ関係かい?」
「知るか!あれは親父に特別忠義を尽くしてたからこそ借りられた金だぞ。話はついてるはずだ」
「それを妓の身請けに遣ったのが不味いんじゃないかい」
「…。妓の為以外にどうやって金を使うんだよ」
「開き直っちゃ駄目だろ」

さて今代の粟楠会若頭は名を幹彌と呼ぶ男だ。若き鬼達を集め上げ、いかさま組織を大きくした先代の息子。些か頼りないと、評判の心許ない若頭にあれど、当人はやくざ者達に慕われようと奮闘を重ねているのだから報われても良い頃ぞ。その若頭に呼び出されたのは赤林青崎両名粟楠会を支える赤青の鬼達である。気のいい幹部仲間に伝言を受け馳せつかまつった男二人、何のお咎めかと顔を見合わせて夕刻。やくざの殿はやっとお出ましだ。
「お前ら」
「「はい」」
幹彌は次の言葉を告ぐのが難儀そうだ。
「こないだ、吉原に行ったんだってな?」
「ええまあ。はい。それが何か?」
答えたのは赤林。
「いや、何って訳じゃねえんだが…」
しゃきっとしない答えに首を傾げる鬼二人。
「確か世話になったのは薄皮屋だったよな。あそこは俺らが売った妓でできてる見世じゃねえか」
「はい。そうですけど」
何が言いたいんだ。困惑を視線に込めて幹彌を見てもぼんやりした答えしか返ってこない。
「その…どうだった」
「何がですかい?」
「馬鹿。妓に決まってんじゃねえかこのかぼちゃ野郎」
「青崎さんは黙ってな」
はて妓。あそこで名を上げられる者はお相手こと四木とその妹分臨也嬢しかいない。すでに身請け先が隣と決まった風本の寝技をどうこう言って余計な火花を散らしたくもない。それじゃあと四木について考え、イヤ待てよ、四木の手管を味わった訳じゃないことを思い出す。
誠を明かすと実は先夜、四木を抱くことはなかったのだ。一度きりの接吻の後、やはり青崎を裏切れまいと思い直して泣く泣く四木に謝ったのだ。突き放された妓はしばし呆然としていたがそれから直ぐに笑い出した。「まったく阿呆みたいに純情ですね。妓の意地を蔑ろにされましたが青崎さんに免じて言い付けなしで済ましてあげます」二人が友のようになったのはこの顛末と無関係じゃあるまい。
「おい赤林。聞いてるのか」
「聞いてます。妓ですか」
赤林は一寸考え込んで見せた末、「良かったですよ」とだけ呟いた。
青崎はもちろん風本のろけに一貫した。抑えているようだが迸る恋情を隠しきれず幸福そうな顔を幹彌に見せてくれた。
「そうか…」
幹彌はどこか浮かぬよう。
「それじゃあ俺も行ってみるか」
曰くありげな独り言を漏らし二人を下がらせる。
若頭の、腑に落ちないこの一端が後に大きな災厄を招くと当事者は気付きもしなかったのだ。
「なんだったのかねえ。吉原行くのが照れ臭いって訳でもあるまいし」



奇妙な呼び出しがあった夜、赤林はまた手招きをされて幹彌の側に参った。青崎は既に着いている。現主の行動に首を傾げる二人であった。
両鬼という厳めしい供を引き連れてやくざの大将が向かったのは天下の吉原の一角だ。相も変わらず薄暗い片隅に鎮座した絢爛な遊郭城。その妖しい影を見上げ幹彌は恍惚とした。
溜め息と共に漏らしたのは恋しい妓の名前か。赤林の怪訝も知らずに幹彌は足を踏み入れる。一等客である粟楠の当主を女将は手厚く迎え、飲めや歌えやの宴がすぐに開かれた。開宴も早々に青崎は姿を消した。風本が招かれているのを見てぎくりとし、二人で寝部屋にしけ込んだのだ。将軍やなんやと持て囃される若頭を見つつ酒を飲む。これじゃこの間と同じだよ。いい加減飽き飽きした赤林は馴染みの妓でも作るかと周りを見回すことにした。あの花魁の姿を探して見つからないことに落ち込み、そして無意識に彼女を探していた自分に情けなく、バツが悪くなった。青崎さんを諦めたからって偶々慰めてくれた女に惚れるのかい。それじゃあんまりに節操なしだ。
新たな恋でも探すとするかね。遠い昔に愛した女の見目に似た妓を目で漁る。赤い目で刀持ちなんかいるわけなかった。
ほろりと酔っていい気分。ふと大将を伺いそして左目を疑う。幹彌にしなだれかかる妓に見覚えがあった。この見世で知った者は先刻の通り限られている。絹のように美しく牡丹のように艶やかな薄皮屋の筆頭花魁、四木太夫そのものだ。酔った頭が冴え渡る。この見世の妓なのだから宴に顔を出すのは当然か。それでも何がチクリと胸を刺す。熱っぽく四木を見つめる幹彌。気付いとくれ四木さん。幹彌の手が四木の脚を撫で回す。
赤林の視線に気付かずに幹彌と四木は立ち上がると、禿に隣の襖を開けさせた。四木をそちらに押し入れると自らもその身を滑り込ませる。襖障子が閉められて最後。四木は振り向かなかった。



彼の女は幹彌と消えた。上客に義務として侍っていた中の一人がたまたま目に止まっただけなのかもしれないが、それまでに向けられていた視線の熱さはやはり尋常でないように思われる。姿の見えなくなった四木を案じていると錯覚する赤林の心中は穏やかではない。だが相手は寄りにも捩れて我が主。はぐれ者にも仁義はある。
客のいなくなった宴の場はしらけた三味線の音だけが意味もなく響いていた。閑静な広間に艶かしい悲鳴が微かに漏れ聞こえる。幹彌が夜の遊戯と洒落込んだ以上ここにいる義務も恐らく消えただろう。手持ち無沙汰な太鼓持ち達が対象を自分に据える前にさっさとこことおさらばしよう。あの小指のない妓の体が幹彌に玩ばれていると思うと居心地が悪くなる。嫌なことから片目を背けて赤林は吉原の表通りへ出た。





――――――
粟楠→AWAKUSU→(逆さまに読む)→USUKAWA→薄皮
というわけで四木さんの見世は薄皮屋でお願いします(今決まった)
一部付け足し
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