章用 DRRR

□愛より大事な一つのこと
1ページ/1ページ

愛より大事なことがある。それは惰性と呼ばれている。
星の数ほどいる男女のカップルが長く夫婦でいられるのはひとえに惰性のおかげである。若き恋人の間にある恋慕は甘くて熱くてトゲトゲして持ちにくい。惰性はその瑞々しかった恋愛をくるんで持ちやすい形に研磨しつつ、室温で保ってくれるのだ。破局は惰性の手触りに慣れなかったせいで起こることもある。夫婦の継続には愛よそこそこの人間なら持ち得る、惰性を求めるべきである。
少し特殊ではあるが同性のつがいでもその理屈は当てはまる。例のいかつい手は今鎖骨の辺りをまさぐっている。
「おいちゃんはうなじフェチっつうもんでしてね。旦那のとかたまんないんですよ。色っぽいよねえ」
頼まれもしないのにベラベラと口を動かし続けている男は一応四木の恋人である。同性愛者でもない四木と遂に想いを通わせた赤林の執念には相応に暑苦しい。良きことに赤林は脇目をふる気もないらしいので愛情を一身に受ける恋人としてはくたびれてならない。一応は落とされたことになるので赤林が好きではあるのだがついていけない。フリーセックスが醍醐味のはずの同性愛でそれなりに長く続いているのは元々二人にゲイの気がなかったこと、赤林の愛の濃さが原因だと思われる。
比較的自由のきく事務所内とはいえ日が一番高いうちからせっせと怪しい行為に励むのもいかがなものか。手がシャツの中に侵入するにつれ頭も降りてきた。耳に湿っぽいなにかが触れたかと思うと赤林の唇だったりする。見て見ぬふりをしてくれているが部下の前でまるで見世物だ。だからといって恥ずかしいともあまり思わず四木は携帯電話のキーを叩いた。
トュルルルル、トュルルルルと慣れた呼び出し音に続いて聞こえたのは女の声。
『はい、折原です』
「四木と申しますが、臨也さんはいらっしゃいますか」
『ええ、ただいま』
ノミ蟲ー、粟楠会の四木さんが呼んでるわよ。雇い主をノミ蟲呼ばわり?
待機用の音楽を流すことも忘れて愉快なやり取りを垂れ流す折原臨也とその助手。確か矢霧製薬の。
開発された突起に届いた他人の体温を気にもかけず四木はくすりと口許だけを歪めて笑った。音楽をかけないのは波江の故意だということに気付かず。
「旦那ぁ。好きです」
『もしもし、折原ですけど』
「先日の六本木の件。あなたにしては仕事が遅いんじゃないかと思いましてね」
『…嫌だなあ。なんで俺の仕業ってわかったんです?』
「静雄の血が流れるところにあなたの企みあり、でしょう?」
『至言だ』
電話の向こうの笑い声と反比例して眉をしかめる。
擦られてつねられて昂る自分を俯瞰する。
「感じてるなら素直に言ってくださいよ」
「黙ってください。電話中です」
『え?』
「いや、こちらの話です」
察したようにうなずく相槌を打つ相手が酷く不愉快だ。それだから友達がいないんだ。大きなお世話とも言えることを憚らず考えて四木は用件を手早く済ませようとする。
「とにかく、二度とあのようなことがないように。我々にとってもあなたにとっても不利益でしかありませんよ」
『肝に銘じておきます』
ちっとも懲りてなさそうな黒幕役に辟易しつつ今度は赤林を見上げた。四木が何かを言う前に珍しく不機嫌な赤林が口を開いた。
「恋人といる時に他の男と電話なんて浮気だねえ」
「仕事ですから」
「かっこいいよ旦那は」
痺れを切らしたように言って赤林は四木の唇を奪った。部下の気まずそうな顔が視界の端に映る。目の毒だろうに。兄貴の言うことには逆らえない舎弟の悲しき性を哀れむ。
唾の糸を微かにひいて顔を上げた男は口付けだけで満足したらしい。再び四木の体をいとしむ行為に熱中し始めた。こうなったらもう好きにすればいい。腰をなぞられて背筋がぞわぞわする。一々感じてられるほど愛が熱い訳じゃない。惰性だ。歯磨きみたいな毎日の習わしだ。
「旦那、俺のこと好きですか?」
「ええ、歯ブラシと同じ程度には」
つい口に出た。手元の書類を眺めながらの片手間の会話。
「歯ブラシ?じゃあ歯ァ磨いてもいいわけですね」
35,8℃の手を口内に突っ込まれる。気持ち悪い。というか人の口に指を突っ込むとか気持ち悪くないのかこの男は。通常運行な過剰かつ過激なスキンシップはとっくの昔に慣れた。並びは平均だが少々八重歯の鋭角がきつい歯列をなぞられ舌の裏を掻かれる。垂れかけた唾を手のひらが拭った。
「ほへんはいは」
ド変態が、と吐き捨てたつもりが舌っ足らずの喃語になり、そのまさしくド変態をさらに興奮させることになった。
奴がいつでも持ち歩いている杖が足の間におかれる。体のラインをなぞられ、悲しいかな教育されきった体は従順に答えた。なければ不快。惰性は既に日常に寄り添い浸食し、気付かないうちに体の一部になっていく。赤林の愛がないと生きられないなど断じて思いたくないが、愛とは、惰性とはそういうものなのだ。
「ぁ」






――――――
ぽこさまへ!
「赤四木で、ベタベタしてくるおいちゃんに動じず好きなようにさせてる男前な四木さん」
遅くなってすいません!男前の意味を一回ググってきた方がいい私です。愛がない赤四木ですいません。赤四木に対する愛はあるんです。
返品大歓迎なので、いくらでもお申し付けくださいm(__)m
それでは当サイトにお越しくださりありがとうございました!またいつでも遊びに来てください。待ってます!

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ