章用 DRRR

□ダンボールから溢れた分は、次の木曜日に出してしまおう。
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私の好きな人には好きな人がいる。それが男の人だってことも、実は極道の人だってことも私はとっくに知っている。
だけどこの話は彼と恋人になりたいとか、そんな話じゃない。
私は、好きな男の人には彼の好きな人と幸せになってほしいと思っている。
それに、私にはちょっといいなと思う男の子がいるのだ。何か隠し事をしているらしいけど彼はこんな私を好いてくれていて、とても優しい。同年代だし、彼氏にするにはぴったりの男の子だ。
でも男の子とフレッシュな青春に踏み出すには賞味期限切れの恋心が重荷だった。
黒く凝り固まったそれ、彼を思い続けた月日と感情を清算するために、私は一つの方法を選んだ。



この街の女王になるのは、さほど難しいことじゃない。大抵の人間はすれ違うとき少し刃が掠れればそれだけで忠実な私のしもべになるのだ。ただ静雄さんとかセルティさんとか、物凄く強い相手に傷をつけるのは罪歌の力をもってしても無理かもしれない。だからある一部の人をヒエラルキーの外に置いて池袋を城下に収めることもできる。それをしないのは私が公序良識を備えた普通の女子高生だから。
それでも欲しいものを手に入れるのに障害はない。ただ、粉状のものはちょっと私にも彼にも抵抗があるから茸にした。違法なことには変わりないけど。
「赤林さん、できましたよ」
「おー。いい匂い」
赤林さんの待つテーブルにキノコのスパゲッティを並べて席につく。嬉しそうな赤林さんを見てるとこっちまで嬉しくなってくる。いただきますと丁寧に言ってから二人、麺をクルクル回し始めた。
「杏里ちゃんの手料理なんて何年ぶりかねえ」
「さあ…。随分久しぶりですよね、すいません」
「なんで謝るんだい。確かその時は父の日に作ってくれたんだ」
懐かしそうに言うと一息置いて、赤林さんはスパゲッティを噛み締めた。
「うん、美味しい。腕を上げたねえ」
「ありがとうございます」
相手が誰かに関わらず、料理を誉められるのは嬉しいことである。お粗末様のスパゲッティを私も美味しく頂いた。ただし私の分にはトッピングが一品少ないのだ。
和やかに二人だけの夕食会は進む。武骨な男の人が器用にスパゲッティを巻いているのはなんだか可笑しく思えた。
赤林さんと私の皿の中身が半分ぐらいになってようやく、彼に変化が訪れた。居心地悪そうに見えた赤林さんの呼吸が早まる。ぎらついた目。向かいに座る女子高生の私とセットで端から見たら通報されそうなほど怪しい絵面だけど本人は気付いていない。
「杏里ちゃん…食事中に済まないんだけどお手洗い借りていいかな?」
「どうしてですか?」
無邪気を装う私はまるで狼さん。
次第に目の前の恐怖に気付く赤頭巾ちゃん。
「杏里ちゃん、まさか…」
どうしてそんなにお口が大きいのかって?
「ねえ赤林さん。抱いてください」
それはお前を食べるためさ!
「杏里ちゃん?」
邪魔な言葉に蓋をする。繋がった唇を信じられない目で見つめる彼。私はとっておきの妖艶な声音で赤林さんの耳に吐息を吐いた。
「私、もう子供じゃないんです」
ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「沙也香だと思っても、構いませんから」
心を込めたスパゲッティの残りに手を付けられないのを少し悲しく思った。



「どうしよう、旦那」
今にも死んでしまいそうな赤林に嫌々ながら仕方なく声をかけた。
「…どうしたんですか」
四木のテンションの低さに気付かない赤林。
「杏里ちゃんと寝ちまった」
「へえ」
それはそれは。少しならず四木も驚く発言。好きだった女の娘、しかも女子高生に手を出すなんてそんな度胸のある奴だったのか。それにしてはこの世の終わりのような顔をしている。
「しかもあの子、処女じゃなかった…」
「高校生ならそんなもんじゃないんですか」
今時の子供の性事情なんかに欠片も興味はないが、確かに高校生ぐらいの愚かな子供が大人の領域に埃を立たせることもある。例えば、折原臨也とか。
「杏里ちゃんはそんな子じゃないよ」
「さいですか」
「四木の旦那、おいちゃんはどこで育て方を間違えたのかねえ」
「だからなんでそれを浮気された側に聞くんです」
失態を悔やむも後の祭り。横を見ればポカンと口を開けた阿呆がいる。
「妬いた?妬いた?可愛いねえやっぱり旦那愛してる!」
満足そうなニヤケ面に抱かれつつ、過ちを犯した少女を思った。
こんな男に惚れたっていいことなんかありゃしないのに。それが己の身に返ることも四木は知っていた。



処女などとうに喪った。八重歯の下卑たチンピラのそれによって、草むらで。悲しみも悔しさも痛みも額縁の外の私には届かなかったけど、彼に破れていない膜を捧げることができなくて今更ながら後悔が襲う。
達する時誰の名も呼ばず、ひたすらに奥歯を噛んでいた彼を思い出す。素敵だった。
臭いの残る布団を干す。なんだか途方もない虚無感と共にあるのは大きく口を開けた風穴だった。痛いほど爽やかな風が吹き抜ける穴をまだ埋める気にはならない。
いくら黒く濁ってもそこにあったのは恋心なのだ。
失恋したてホヤホヤ。エンドロールのように彼を愛した軌跡を思い返した。
ずっとずっと好きでした。風変わりな色眼鏡の奥の瞳が、母の遺影の前で涙を溢した時からずっと。
小さな頃から傍にいて密かに私の敵を倒してくれた足長おじさんを、どうして好きにならずにいられるんです。
優しいあなたが、優しいだけじゃないあなたも全部大好きでした。
叶わないと知った恋でも諦められなくてとうとう今日まで引きずってしまった。彼がいつか自分を求めてくれるんじゃないかと無理な希望を抱いていた。
でもそれも今日まで。少女の恋とはさよならだ。
ずっとずっと好きでした。







ダンボールから溢れた分は、次の木曜日に出してしまおう。
(ごめんね初恋、行くべき場所をみつけたの。)







――――――
今までで一番甘い赤四木かもしれなくないですか。
title:様からお借りしました。

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