章用 その他

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※恋離飛翼のち




アルト君はきっと帰ってきて、シェリルさんの目を覚ます。そのこの上もなく幸せな結末を私は信じてる。
今私にできることをする。それはシェリルさんの免疫になる輸血だったり、傷付いた人のために歌ったりすることが私のするべきこと。いつかアルト君が帰ってきた時にとびっきり笑うために。



ライブ会場やバジュラ侵攻の爪痕が残る街を飛び回って歌った。私の歌で誰かが元気になるなら休んでられなくて、ずっと歌っていた。歌っていられる気がした。向けられる暖かい笑顔や拍手も嬉しいけど、それ以上の強迫観念に急き立てられるように歌っていた。
シェリルさんとデュエットするべき「ライオン」を一人で歌い上げたとき、必死な顔のナナちゃんが舞台端からこちらを見ていた。何か恐ろしい予感がしたけどコンサートを放り出すこともできずに、結局それから一時間ライトアップの中にいた。
そして、汗を拭くタオルと共に渡されたのが「シェリルさんが急変した」の言葉。コンサート会場から慌てて駆け付けて、三時間緊急処置室に入ったシェリルさんを待った。フルスケジュールで食べ物もあんまり食べてない、体が限界に近くて多分イライラしてたんだと思う。私はとても酷いことを言った。
「…アルト君が帰って来なかったら良いのに」
フラれた惨めさを忘れてられるから。
ずっと付いてきてくれたナナちゃんが私にその先を言わせず抱き締めた。
「ランカさん!ずっと休みがなくて疲れてるんです!お家に帰りましょ!」
あんなに酷いことを言ったのに、声が震えてるナナちゃんの胸の中で初めて、泣きたいと思った。
それから、最後にアルト君とデートした島に無理を言って連れてきてもらった。腫れ物に触るような周囲の態度から二人のお兄ちゃんは守ってくれて、その優しさが心に沁みた。
一人で桟橋を歩く。あの時と全然わらない、美しい海。あの時は隣にアルト君がいたと思ったら堪えてた涙が溢れだした。耐えきれずにその場に座り込んで膝を抱える。アイ君が気遣うように私の足元に擦り寄ってきた。
「ごめんね、アイ君。ちょっとだけ、泣かせてね…っ」
一回決壊した涙のダムには思った以上の水滴が溜まっていたようで、なかなか枯れてくれなかった。
「ふえ…っ、アルト君、アルト君、大好きだよう…」
弱音が漏れてく。
「ううっ、寂しいよ、辛いよ」
聞くのはアイ君とさざ波だけだと思ったら心のつっかえがさらさらと崩れていく。
落ちた涙が波紋をつくる。波音が溜まっていた辛さを洗い流していくようだった。
「ごめんなさい、シェリルさん…ひっく…死んじゃ嫌だ。早く帰ってきて…、アルト君っ。シェリルさんを、シェリルさんを起こして…」



南の島から帰ってきた私をまた労るように見たナナちゃんに、心から笑ってみせた。
「ありがとう。ナナちゃん。でも私、もう大丈夫」
それでもまだ心配そうなナナちゃんを抱き締めて、観客もいないのに歌い出した。
「はおちーらいらい めいくーにゃん」
ナナちゃんが重なって歌い出す。
「「娘々 にゃんにゃん にーはお にゃん」」
「ゴージャス☆デリシャス☆デカルチャぁ〜!!」
元気一杯に終わると何故かナナちゃんは涙を浮かべていた。
「ど、どうしたのっ!?どっか痛いの!?」
「ほっとしたらなんか涙が出てきちゃって」
「ナナちゃん」
嬉しくなって思わず彼女を抱き締める。腕の中のナナちゃんが目元を拭った。
「嫌だ、マスカラ取れちゃった。ちょっと私お手洗い行ってきますね」
パタパタと駆けてゆく後ろ姿にお礼を言い損ねる。いつも支えてくれてありがとうと言うつもりだったのに。帰ってきたら一番に言おう。
感慨深くアイモのメロディを思い出す。なんだか胸騒ぎがする。
「ランカ」
木々のざわめきに似た、懐かしい響きが聞こえた。
振り向く。誰かいた。
「あると…くん?」
この日この時を夢にまで見た。
「ああ。ただいま」
太陽を背に微笑む誰かの姿が、私にはよく見えなかった。でもシルエットと優しい声は紛れもなく間違いようもなく彼の。
「おかえりっ!!」
私の物語のハッピーエンドはここでちゃんと迎えられた。
「アルト君…っ。帰ってきてくれて良かったぁ」
理性より早く抱きつこうとした手をアルト君はちょっと慌てて制止した。
私がアルト君が帰ってきた理由を聞きたいのと同じぐらい、アルト君もシェリルさんの居場所を知りたいのだ。これから続くのはアルト君とシェリルさんの物語。アルト君のことは好きだけど、宇宙を越えて結ばれる恋人達に野暮な真似はしない。
あの人は病院にいると伝えたら必死な顔になってアルト君は走り出した。しばらく見ないうちに精悍になった彼の横顔を美しいと思いながら私も後ろを走った。
せめて彼らのキューピッドでいさせて。二人が幸せを迎えるまで私は側で歌い続ける。戦うことは歌うこと。



理由も科学的根拠もないのに私はシェリルさんが目を覚ますと信じて疑わなかった。きっかけがアルト君の帰還だと言うこともわかっていた。
「シェリル…」
アルト君はゆっくりとシェリルさんの眠る生命維持装置に近付く。ただ見つめる私。それはある童話の再現だった。
ガラスの棺を開くと、死んだように眠る姫に覆い被さってゆく。薄桃色の唇に自分の唇を重ねる。微かにシェリルさんの睫毛が動いたかに見えた。
パチリ、とまぶたが開いた。久々に光に晒されたコバルトの瞳は状況が理解できないようにもう一度まばたく。
アルト君が限りない愛しさを込めて名前を呼んだ。
「シェリル」
シェリルさんの瞳の縁に透明な滴が浮かぶのを見た。
「…アル、ト?」
「シェリル!」
彼が堪えきれずにシェリルさんの体をかき抱く。
嗚咽を堪えきれなくなる。
アルト君の腕の中のシェリルさんは泣きそうに、しかしとびきり幸せそうに呟いた。
「遅いのよ、王子様の癖に」
ようやくハッピーエンドを迎えそうな物語を飾るのは、私の安堵の泣き声だった。



リンゴンと教会の鐘が鳴る。
永久の愛を誓った恋人たちは晴れて一つの夫婦となった。紙吹雪が舞い笑顔が咲く。アルト君のお兄さん達が泣いているのが見える。
純白の花嫁衣装に身を包んだシェリルさんは宇宙一綺麗だった。
そう、これこそが正しい結末。
二人に一曲献上する権利を賜った私はありがたいことに盛大な拍手喝采を頂き、謹んで壇上を降りた。
目の端に涙のパールを輝かせながら笑っている花嫁を見て、私も泣きそうになるのを堪える。私は泣かずに祝福するの。
大好きなアルト君と大好きなシェリルさんが幸せになりますようにって。誰よりも。
「お幸せに!」
幸せを乗せて飛んでゆけ。どこまでも青い空に私の投げた紙飛行機が消えていった。











――――――
最大の突っ込みどころは、マスカラが涙で落ちる点ですね。未来の科学力舐めてんのか。…昔からお姫様は王子様のキスで目を覚ますって決まってるんですよ!そこ突っ込むんじゃない!

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