創作

□保健室のお姫様
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黄金色の光が降り注ぐ。最後のグループが別れを惜しんでキャアキャア言う声が遠くに聞こえて、保健室には私と先生が二人きり。
「さみしいねえ」
「何回目だそれ」
「三回目くらい。だってさみしいんだもん」
「そりゃそうだろ。卒業だもんな」
「ねえ、先生。私がいなくなったらさみしい?」
「さみしくない」
「ひどい」
デスクに肘をついた横顔は本当にさみしくなさそうで、私はさみしくなった。
「私のこと忘れないでね」
「すぐ忘れる」
「教師失格!」
先生は綺麗だ。四十歳だというのに二十代にしか見えない整った顔。憎らしいほど綺麗な肌が黄金色の光を浴びて惚れ惚れするほど絵になる。
「俺は保健室の先生だからな」
俺様な理屈で笑う先生。
初めて会った日のことを忘れない。入学式早々に階段から落ちて、お姫様抱っこで保健室に運ばれた。友達ができるより早く好きな人ができたあの日から、私は少女マンガの主人公だと信じている。
「先生、好き」
「知ってる」
「大好き」
私が先生を好きな気持ちが一万分の一も伝わってない気がして焦る。本当に好きなのに。
重ねて吐露をしようとしたら鋭い目線に止められた。
「一回言りゃわかる」
「むぅ」
わかってない、を呑み込んで先生と見つめ合う。幸せだなあと思った。
いつも人を馬鹿にして笑む瞳は、星みたいなキラキラを長い睫毛の下に隠している。
透き通る肌に細い鼻梁や薄い唇がお行儀よく並ぶ。小さな頭を戴く体躯は身丈の割に華奢だ。
綺麗な先生は王子様役よりお姫様が似合う。保健室に囚われたお姫様。黄金色の光の中で迎えにくる王子様を待っている。
「先生、私大学を卒業したらまたここに来るから。そしたら、お嫁さんにしてください!」
「そう言った生徒が何人もいる」
「ホント?」
先生は答えずにとびきり澄んだ目を私に向けた。
「俺は保健室の先生だからな。いい思い出ができただろ?」
「え?」
「香織。こんなのは恋愛ごっこだ。俺も楽しかった」
「せ、先生。私本気だよ!」
「知ってる」
「先生は!先生は本気じゃなかったの!?」
「一回言ったらわかれよ」
「…」
いきなり何とかひどいとか、先生を責める言葉で頭がいっぱいになって声を出す勇気が出ない。保健室が初めて居心地の悪い沈黙で満たされて涙が出そうになる。
だって先生は私を好きだと言ったときと同じ顔だ。
「前の娘たちは誰もここには来なかった」
年寄りみたいなことを言っているけど、姿は新任の先生みたいに若々しいから嘘臭くしか聞こえない。でも、と私は顔を上げた。
「私、きっと来るから」
初めて見た先生のさみしそうな顔を餞別に私は保健室を旅ってゆく。





――――――
きっと彼女も二度と来ない。

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