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□夜空に舞うは幾多の桜花
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満ちた月。
其れは、薄桃の花弁の舞う美しい庭にやわらかな青白い光を投げかけ漆黒の影を創り出していた。

時折仄白い雲が其の月光を遮るものの、暫くすれば雲は流れていくため毅然とした光が絶える事は無い。

今にも雫が滴らんとするような其の月は、墨を特大の墨壷から零したような天(そら)には不釣り合いなほどに似合っており、また浮き過ぎているくらいに馴染んでいた。

 そんな天に在るのは壮麗な月だけではなくて。

淡い桃色をした花も、其の夜の天を飾っているのだった。

今の時期なら何処にでも在る其の花は至って変わっているという訳でも無い。普通に植木屋で買った―正しくは贈られた―桜だ。
それなのに、其の樹は何所の樹よりも美しく何所の樹よりも其の夜の月に見合っていた。

―やはり、彼から贈られたものだからだろうか―

己の巣の縁側に腰掛け、其の庭から舞い降りてきた桜花を一つ摘んで繁々と見つめた小鳥は思う。
一瞬強い風が吹き、捕らわれた花弁は儚げに其の指の間で揺れた。
肩に掛けている紫の羽織がふわりと膨らむ。

そっと指を離してやれば其れは嬉しそうにくるくると踊ってまた他の仲間が舞う天へと戻っていった。

そんな一連の動きを小鳥の隣で眺めていた藍の髪をもつ男は、長い脚をゆったりと組みクフフと特徴的な笑い声を漏らして。
なんなの、と笑われたことが癪に障ったらしい彼は形の良い眉をすっと寄せた。

「いえ、貴方が美しいものですから」

恥かしげも無くさらりと男の口から零れ出た言葉。
男はなんてことは無いように手に携えていた猪口を口元へ運んで。

「…貴方くらいだろうね、僕相手にそんなことが言えるのは」

くだらない、と小さく頭(かぶり)を振った小鳥の頬にはほんのりと朱が差していた。
―それが先程の言の葉のせいか、はたまた酒のせいかは判らない。

「クフフフ、其れは嬉しいですね」

「別に褒めてないよ」

嬉々として笑む男と、頬を紅く染める小鳥。

どちらも美麗故、月の美しい晩の庭に佇む其の光景はまるで一枚の絵画のようで。
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