創作短編◆

□キスミー・ハロウィン
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肌寒くなってきた10月末日。

世間では休日だけど、僕はいつもどおり部活の練習に顔を出していた。
とはいっても午前中はみんなでメニューをこなして終了。
ここから各自それぞれ自主練習に入るので、帰りたい人は帰っていいことになっている。

後輩の約半分はさっさと帰宅し、レギュラー陣はいつのまにか部室から姿を消している。汗くさい部屋には僕だけが残されていた。
用事でちょっと出かけて帰ってきたらこうだ。でも別に薄情だとは思わない。

部屋の中を見回す。
鞄の中の弁当が妙な存在感を出しているが、さてどうしようか。

とりあえずフタを開けて中のご飯を口に運ぶ。
三分の一を食べたあたりで、ふと気配を感じた。
不思議に思って顔を上げると、

「たっちゃーん」
「…俊くん?」

大きな荷物を持った俊くんが部室のすぐ外にいた。

俊くんは部活もクラスも一緒だけど、家庭の都合でバイトをしているため、ほとんど部活に姿を見せない。
クラスでも、一緒にいるわけではないけど僕に良くしてくれる。
簡単に言ってしまえば、すごくすごくイイやつだ。

「時間できたから来てみたんだけど、もしかしてもう終わってる感じ?」
「いや、午後は自主練習になってるからまだ人はいるよ」

不安そうに聞いてくる俊くんに、僕は「出かけてたらみんなに置いていかれた」と食べかけの弁当を見せる。

「よかった。せっかく来たのに骨折り損かと思った」

俊くんはホッとしたように笑顔を見せ、久しぶりに来たなぁ、と部室の中をきょろきょろと見回す。
そして、弁当を持ったまま突っ立っている僕に目が止まる。

「あ、食べてる途中だっけ?」
「ん、気にしないで」

僕はひらひらと手を振って、行儀悪く箸をくわえながらさっきまで座っていた椅子に腰かける。

「じゃあ俺も弁当食べよーっと」
「あれ?食べてなかったんだ」
「バイト終わってからそのまま来たから。今日はねーちゃんが作ってくれたんだ」

俊くんが弁当のフタをぱかりと開けると、

「…そーいや今日はハロウィンだったな」

弁当の中がオレンジ色だった。
その正体はまごうことなきカボチャなわけだが、こうも全体的に存在しているとなんだか別の生き物みたいだ。

「…すっごいオレンジ」
「ねーちゃん、どうやってこれ作ったんだろう…」

ふたりして橙の弁当を見つめる。
が、そんなことで色が赤に変わるわけでもカボチャが消滅するわけでもない。

「…まぁいっか」

俊くんは諦めたようにカボチャに箸をつける。もろもろと崩れていくそれが俊くんの口へと消えてゆく。
唇についた橙を舌がとる。そしてその口は言葉を発する。

「カラアゲくれよ」
「えぇー」
「…そうか。たっちゃんはカボチャに侵食された俺の弁当を哀れに思わないのか」
「……分かったよ。じゃあ代わりにカボチャちょーだい」
「え?これを?」
「対価交換だって」

無理矢理だけど理由をつけて俊くんのカボチャをもらう。
僕は橙色のそれを噛みながら、

「俊くんはさ、ハロウィンでオバケ…っていうか、化物になるなら何がいい?」
「化物?狼男とかフランケンとかってこと?」
「そう」
「うーん、そうだな。…しいて言えば吸血鬼かな。夜だけ行動するっていう夜更かしなところが似てるかも」
「あ、なんか分かる」
「分かんのかよー」
「でも、俊くんが吸血鬼だったら僕はもう血を吸われて手下になってるな」
「…吸血鬼ってのは、首から血を吸うんだっけー?」
「うわっ、くすぐったい!」

俊くんは弁当を横に置いて僕の首を両手で触る。
僕は箸と弁当箱を持っているのでうまく抵抗できない。
とりあえず腕を伸ばして弁当を近くの棚に置く。

両手は自由になったものの、わけも分からずじたばたしていると、いつのまにか俊くんの温かい息が首にかかっていた。
俊くんの髪が顔と頬をこすり、本当に血を吸われてしまうのではないか、とすら思う。

いくらなんでもこれは。

「しゅ、俊くん、ちょっと…!」

ガタ、と音がした。


「俊…くん…?」




唇にカボチャの味がした。




はぁ、と息をはいた俊くんの瞳が熱っぽい。

僕の耳も頭の中も麻酔を打ったみたいにじんじんと痺れていて、何かの禁断症状のようだ。

喉が渇く。

「な、ん…」
「…ごめん」

唇同士が触れ合う距離で、ぽつりと言葉が漏れる。

「……ごめん。悪ノリしすぎた」

俊くんの目が伏せられる。

「…忘れて」
「そ、んな…」
「いや、もうほんとに…悪い、俺が悪かった」
「あ、謝らないで!それに…っ」

目の前で俊くんの姿が揺れる。
過呼吸になったみたいにくらくらと苦しい。



「……なんか、嫌じゃなかった」






今宵はハロウィン。
僕の住む町には仮装行列もお楽しみイベントもない。

けど、今年は何かありそうだ。


肌寒い冬の日、僕は同級生と顔を赤らめながら思った。



end

20101029


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