111式の恋1◆

□1.焦がれる
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好きになっちゃいけないのは分かっていた。


自分と相手は違う人間で。
相手は普通で、自分は普通じゃなくて。

大学が同じところになって、向こうは「まさか同じとこに入学すると思ってなかったけど、知り合いがいてくれて嬉しい」と、こっちまで嬉しくて涙しちゃうようなことを言ってくれた。
そう言ったことなんて忘れてるだろうけど、こちらからしたら、それはもう飛んで跳ねての一大事だった。

まさか小中高大とすべての教育機関が同じだなんて私立大学のエスカレーター進学でもないのに、こんな漫画みたいなこと起こるんだなってビックリした。
ただ。
昔からそばにいたけど、自分の気持ちは向こうに見せてなかったし、向こうも自分の気持ちには気付いてなかったと思う。

つい、この間まで。
たぶん。






「夏貴、いい加減うぜーよ、その格好」
「えーだるいー」
「パンツ見えてんぞ」
「見せてんの」
「うぜー」

前の席に座っていた田端がルーズリーフで頭をたたいてきた。
ぎゃあ、脳細胞が死ぬ。
頭を押さえて大講義室の机にうずくまっていると、田端は少し心配そうな目で見てきた。

「何?お前どっか具合悪いの?」
「頭と心が痛い」
「うん、じゃあ大丈夫だな」
「心配してよ!」
「元気だろ、ハゲ」
「ハゲてない!」

ぎゃはー、と田端は頭の悪そうな笑い方をする。
田端は男でも女でもたとえどんな相手でも優位に立てると思ったら馬鹿みたいに見下し、「お前」呼ばわりする。
顔も頭も良い部類なのに、残念すぎるこの性格と口の悪さで女の子が寄ってくるのをあまり見たことがない。
あぁ嫌だ、下品下品。

「んだよ、いま絶対失礼なこと考えただろ」
「カンガエテマセン」
「黙れ棒読み役者」

またルーズリーフで額をたたかれた。
脳細胞が死滅するって言ってんでしょこんちくしょう。
イラッときたからそのルーズリーフを引ったくって言ってやった。

「貴様にこの痛みが分かるまい!!」
「どーせ恋の悩みだろ」
「なぜ分かった!!!」

衝撃の表情をしてしまった瞬間、田端は堪えきれずに大笑いしはじめた。
笑われるのは癪だけど面倒臭いしほっとこうかとも思った。でも、笑い声が講義室に響いて何人かがこっちを不思議そうに見てきた。うわ、はずかしー。
が、そんなことを気にもとめていない男は、

「あれだろ、お前が昔から大好きな幼馴染だろ」
「うん」
「例のクールビューティーな後輩だろ」
「うん」
「理系で頭よくて研究者の卵なんだろ」
「うん」
「この前引っかけてやった」
「表に出ろ!!」

ガターン!と椅子を引っくり返す勢いで立ち上がったら、再び田端が大笑いしはじめた。
冗談じゃない。本当に冗談じゃ済まされない。馬鹿か。あなたは馬鹿なのか。
完全にパニックになったこちらを見て、田端は涙に滲んだ目を上げながら、

「んなわけないだろ。俺、顔すら見たことないのに」
「…びっくりした。田端だったらできそうなのが怖い」
「いや、やらねーって。マジでマジで」

ひらひらと手を振りながら涙を拭く田端。
笑いすぎ。地味に傷つく。
じっとりと睨みつけていたら教授が部屋に入ってきた。

「マジで手は出してねーからな」

そう用心深く言った田端はくるりと前を向いた。










講義が終わって席を立つ。
半分以上の時間を机に突っ伏して過ごした田端がまったく使っていない筆記用具を片付けながら、

「これからどーすんの?」
「帰る前に購買寄ってく」
「んじゃ俺も」

外へ出る。びゅうん、と寒い風が吹いた。
きゃあっ、と前を歩いていた下級生らしき女の子が声を上げる。
薄着でいたら風邪引きそう、と思って巻いてきたストールを首元に上げる。
田端を見ると眉と口をぎゅっとしていた。さすがに上がTシャツにパーカだけでは寒いらしい。

ひゅう、と吹く風に目を細めた。
視界の端で何かが揺れた。

「あ、やっぱり。やっほー」


あ。


「お?夏貴の知り合い?」
「あ、どうも。後輩でーす」
「もしかして幼馴染の?」
「あれ、知ってるんですか?」
「夏貴からよく話聞くし」
「そうなんですか。うわー、お恥ずかしい限りです」

遠くにふたりの声が聞こえる。

「田端、ごめん。先行ってて」
「お?」
「ちょっと来て」
「え?」

疑問符しか上げないふたりの内のひとりの手を取って歩き出した。

「えっ、ちょ、何?」

まさか、こんなところで会うなんて。
いつもはキャンパスが違うから油断していた。
焦る後輩の手を引きながら思う。

「どうしたの?」
「…ちょっと」
「なんかマズイことした?」
「…………」


マズくない。
マズくなんか、ない。

君に焦がれてるなんて。


「おーい」
「……」
「おいってば」
「…………あいつの、」
「は?」
「…田端のこと、好きにならないでよ」

ごめん、田端。
今この状況でお前の名前出して。


焦がれて焦がれて仕方がないこの心境は、まともなことを考えさせてくれない。


風が吹いているのにどんどん熱くなる耳が嫌い。
じりじり痛くなる胸の内が嫌い。
困惑する顔を見なきゃいけない自分の目が嫌い。


でも、体温を感じる繋いだ手は嫌いじゃない。





好きになっちゃいけないのは
分かっていたのに、


焦がれるだけなのは
もう嫌になってしまった。



end

2010.11.14.

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