創作短編◆
□コンビニができた
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私が縁側でごろごろしていると、浩一がバタバタとものすごいスピードで走ってきた。
そして、
「今度、北の道沿いにコンビニができるんじゃって!」
ついに我が田舎にもコンビニ様が来ることになったようです。
私は寝転んでいた縁側からしゅばっと飛び起き、息を切らしている浩一に駆け寄った。
「それってほんま?」
「もちろん!ちゃーんとこの耳で聞いてったから間違ぇねえ!」
自信満々な浩一は白い歯を見せて笑った。
それを見て、私も口をあけて笑った。
私も浩一も、この村で十三年間生きてきて一番気分が弾んだと思う。
家の裏の山でたくさんのカブトムシやクワガタを見つけたことも、村起こしの祭で御輿に乗ったことも、雪崩や地割れで道が封鎖されたことも全部記憶に残ってるけど、今日ほどのインパクトはなかった。
それだけ「コンビニ」がうちの村に来たことは衝撃だったのだ。
「本当に来るんやね〜。どんなんじゃろ」
「分からん。でも楽しみじゃ」
私も浩一も、決して生まれてこのかた一度もコンビニに入ったことがないわけではない。
数年に一度の家族旅行で村から出たときはもちろん、学校の宿泊や行事で村外に行ったときは使ったことがある。
しかし、自分の住んでいる土地にコンビニができるのはまったく気分が違う。
きらきら明るい店内にところ狭しと並んだ商品の数々。頭上ではかすかに流行りの曲がかかっていて、何時に行っても物が買える。
電車が通ってないから駅もなく、村が自主的に走らせているバスも朝と夕方の二発しかない。移動手段はもっぱら徒歩と自転車だけど、舗装されてない道が大半なのでどこへ行くにも歩いていくことが普通。
そんな田舎に、ありきたりな表現だけれど、魔法のような店がやってくる。
「いつできるんかな」
「それも分からんなぁ。来年までにはできるって、そんちょーさんは言ってたけど」
「へぇ、そうなん?浩一は色んなことよお知っとんね」
私が言うと浩一はえへへと照れ笑いをしてまた歯を見せて笑った。
村には子どもが三十人もいない。浩一とはその内の四人しかいない同級生の中で一番仲がいい。
家も隣同士だしずっと一緒にいるので級友というより家族みたいな気持ちが強い。
思春期独特の恥ずかしさもあまりないし、なによりにそばにいるとすごく楽しい。
多分、向こうも同じだと思う。
浩一は短い黒髪を触りながら、
「おかーちゃんやおとーちゃんは知っとるかなぁ。この前集会あったし、そん時に聞いたかもしれんけど」
「聞きにいく?うちんとこのおかーちゃんなら今休憩中やろうし」
「おぉ、そらええ案じゃ。由美、ないすあいであ!」
びしっと指を立てる浩一。
なんだかおかしくなって私はケラケラ笑った。
そしてふたりで競争するみたいにぼこぼこ道を走り出した。
からん。
「いらっしゃいませ〜」
私は店の五周年記念のためのかざりつけ道具を触りながら声を出した。
常連客のおじちゃんは私のいるレジまで来て、
「由美ちゃん、肉まんひとつ」
「はーい。百五円です」
注文通り熱々の肉まんを取り出してお金を受け取る。
いい歳して肉まんひとつで嬉しそうな顔をしたおじちゃんは、
「ここも五年か。なんや、なごぉ続いたなぁ」
「そうじゃね」
「由美ちゃんはここのバイトなごぉ続けとるんか?」
「んー、そうでもないよ。一年くらいはしよるけど」
「浩一もそれくらいかいな?」
「いや、浩一くんのほうが長いなぁ。2年はやりよるんじゃないかな」
私は頭の中で勤務年数を数える。
うん、浩一の方が長い。
「由美ちゃん、お客さん来とるん?…あ!三井のおっちゃん、久しぶりじゃなぁ」
いいタイミングで浩一が店の奥から出てきた。
幼い頃からずっと変わらない笑顔でおじちゃんに笑いかける。
「なんじゃ浩一、由美ちゃんに迷惑かけとるんやないじゃろなー」
「かけてないわ。俺も由美もちゃーんと働いとる」
おじちゃんの遠慮ない質問に浩一はやっぱり笑顔で答える。
「ほなら心配ないわ。由美ちゃん、肉まんありがとー。浩一も頑張りや」
「はーい」
「おー」
手を振っておじちゃんを見送る。
浩一はレジのところにいた私に、
「由美ちゃん、奥で休んでってええよ。交代じゃ」
「ん、分かった」
私はぐぅっと伸びをする。
そして店内を見回す。
「でも早いなぁ。ここが立ってもう五年かぁ」
「俺らもまだ中学生じゃったしなぁ。村にコンビニが来る!って言うて、うきうきしっぱなしじゃったわ」
「うわ、懐かし〜」
「歳食ったもんじゃな」
「同い年やろー」
はぁ、と大袈裟にため息をつく浩一を私は笑いながら見る。
今ではたったふたりになってしまった同級生。
からん、と鈴が鳴る。
「いらっしゃいませー」
私と浩一は声を揃えた。
end
20101117