111式の恋1◆

□61.照れる
1ページ/1ページ




俺が露天風呂から上がってきたら薄っぺらい布団の上で由々が丸くなっていた。
布団を抱きかかえるようにして目を閉じている。
これまたペラい浴衣が寒そうに見える。

「ゆゆ〜」

呼んでも反応がない。
どうやら彼女は俺が帰ってきたのにも気付かず寝入ってしまったみたいだ。
いたずら心がうずいて、風呂上がりでまだ湿っている由々の髪をぴーんと引っ張った。

「ふぎゃっ!」
「起きたー?」
「ん、えっ、うんん?」

寝ぼけ眼で由々が声を上げる。
体を起こしたのはいいけど、コンタクトをしていないらしく視点が定まっていない。
こっち、と言って頬をつかんでぐいっと自分の顔を寄せる。
目の前数センチの距離でお互いの顔が見える。
つかんでいる頬がみるみるうちに熱くなる。


うん、そそられるね。


「やややや、やめっ」
「ほーい」

パッと手を離せば、由々はべちゃっと布団に倒れこんだ。

「鼻打った…痛い…」
「うん、ざんねーん」

涙目で鼻を押さえる由々の額にかかった髪を撫でる。つやつや。…さっきは引っ張ってごめんね。心の中で謝る。
まだ頬を少しだけ赤くした由々は布団から起き上がった。
俺は髪を撫でていた指を引っ込める。

「ゆ〜ゆーゆゆー。ゆ〜ゆ〜」
「節つけて歌わないでよ」
「いーじゃん」
「よくない」

机の上にあったお茶に手を伸ばしながら、由々は顔を伏せてモゴモゴと反論してきた。
彼女はふたり分用意してくれたらしいそれを俺に渡しながら口を尖らせる。
そうやっても全然怖くねーけど。




ぶっちゃけ由々はそんなに可愛い方でもない。
いや、言い方が悪かった。可愛くないってわけでもない。いわゆる「並」の人だ。
少し前に、友達に写真を見せたら「今回の彼女、びっくりするくらい普通だな」って言われた。
妙に照れたり赤くなったりすることが多い以外では、怒るのも笑うのも泣くのもしゃべるのも全部「並」。

でも、このぬるま湯に浸かったみたいな感覚が、なぜかすごく落ち着く。




「由々さぁ」
「何?」
「今日、一緒の布団で寝よーよ」
「ぶほあ!!」

盛大に吹き出しやがった。
哀れ、霧散したお茶。
俺がお茶に思いを馳せていると、由々はまた真っ赤になって口をぱくぱくさせている。
ちょっと可哀想になったので、冗談だから、と告げるとあからさまにホッとした表情になる。
軽く腹立つなー。

常にこんな調子だから手なんて出せない。
今まで結構な数の女の子と付き合ってきて自他共に認める手の早さだったけれど、由々だけは別だ。
何かしようとするとすぐに赤くなったり隙あらば逃げ出そうとしたりするので、いっこうに関係が進まない。
本人も恋愛経験がほとんどないって言ってるし、すべてが俺とは正反対だ。
…でも可愛いんだよなぁ。なんでなんだろうな、ほんとにさぁ。

これじゃあせっかくふたりで旅館に来たのになんだか消化不良な感じが拭えない。…まぁ、俺の一方的な話だけど。
だから両手を広げて、

「由々、おいでー」
「な、何?」
「ほらー」
「ううぅ」
「…変なことしないから」
「……うん」

ここまで疑われる俺の言動って一体…と、少し悲しくなる。ただし顔には出さない。
近寄ってきた由々の体をぎゅっと抱きしめる。風呂上がりだからか、いい香りがした。
さすがに耐性がついてきたらしく、また頬に朱がさしたけど逃げ出しはしない。
由々の手が俺の背中におずおずと回される。俺より小さな手だって分かる。

…あぁ。


由々の髪を一束とって
唇を寄せた。


キザなことだとは思うけど。
なんか好きなんだよなぁ、こいつのこと。
多分すっげー愛しそうな目で由々を見てたと思う。


…が、

「なっ、あ、あ、…う、な、なななな、うわあああぁぁぁ!!」

由々は意味の分からない言葉を口走ったあと、すさまじいスピードで腕の中から壁際まで逃げた。

え?なんなの?
ん?ん?ほわい?

「…な、な、なん、なん」
「は?」
「な、なんなの、今の!」
「何って…」

顔が真っ赤になってる。
うん、こいつが純情だってのは嫌というほど分かってるけど。


……しかし、これは。


「…は、は、は…はず、はず、恥ずかしい…」

頬や顔のみならず、耳や首まで真っ赤に染めて、ふるふると頭を振る姿はなかなかくすぐられるものがある。
…いや、もうマジでなんなの?この子は俺の何を刺激してくんの?

「由々、顔、赤ーい」
「誰のせい…」
「俺のせいか」
「うん」
「責任取るしかねーな」
「よ、寄らないでー!」

一歩近寄ると、ずさささと後退りして体裁などおかまいなしで逃げる。

「浴衣はだけてるぞー」
「ぎゃー!」

再び叫んで布団の中にもぐり込んだ。逃げられないように上から押さえると、ばたばた抵抗された。


馬鹿みてぇ。

真っ赤な由々も、
追いかける俺も。



熱々の情熱的なものでも
別に構わないけど、

ぬるま湯に浸かった生活も
意外と悪くないもんだ。



end

2010.11.18.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ