111式の恋1◆

□106.誘う
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商店街にある中華料理屋の我が家に帰ったら、

「戸倉、何してんの?」
「……藤井、く、ん…!」

高校の同級生の戸倉が真っ赤なチャイナドレスを着て立っていた。

縁有りメガネの奥の目が大きく開かれている。
手に持っていた水の入ったコップを落として粉々にしなかったのは褒めるところだろうか。
細身のドレスは戸倉の体にぴったりと張り付き、太もものあたりから入った誘うようなスリットが膝丈のスカート部分まで続いている。そして意外と張り出した胸の膨らみ。見えちゃうもんは仕方がないのは分かってるんだけど。


これはまずい。
非常にまずい。
それはもう色んな意味で。


俺は半分くらい席の埋まった店の中をつっきって厨房に駆け込み、

「親父いいいぃぃ!!」
「あ、良樹、おかえり。ただいまくらい言えよ」
「ただいま。…じゃない、なんで戸倉がいるんだよ!」
「戸倉ちゃんがどうした?お前の知り合い?」
「同級生だよ!」
「へー、そうなのか。あの子には今日からバイト入ってもらうことになったから。良樹も服着替えたら店手伝えよ」

親父はそこで言葉を区切って作り途中だったチャーハンを再び炒めはじめる。
俺がもう一度口を開こうとしたとき、戸倉が注文書を持って厨房に入ってきた。

「ここ、藤井くんのお店だったんだね」
「悪かったな」
「別にそういう意味じゃ…」
「こら、良樹。戸倉ちゃんいじめんなよー」
「分かってるよ!」

親父から飛んできたお叱りに噛みつくように答える。
居心地が悪くなって、ふたりに「着替えてくる」と言って、母屋である2階へ続く階段を早足で駆け上がった。









制服から着替えて下に降りてくると戸倉がひとりで頑張っていた。
あっちの方でもオーダー入ってんのか分かんないな。うわ、あのおっさん、すげーいやらしい目で戸倉見てる。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

注文を聞きに行こうとした戸倉を止めて俺が接客に行くと、おっさんはあからさまに機嫌が悪くなった。戸倉のこと色目で見てんじゃねーよ、ばーか。
おっさんの注文を厨房の親父に伝えに行く途中で戸倉とすれ違う。
「変な客の注文は俺がするから」と小声で言うと、少し安堵した顔になる。
なんだかいいことをした気分になった。







午後9時、店仕舞いの時間がやってきた。
親父は「お得意さんの出前行ってくるからシャッター頼む」と言って出かけていった。
だが、そのお得意さんは記憶によると酒屋だった気がするから一杯引っかけて帰ってくるかもしれない。
いつも使っている出前用のバイクを置いていっているあたり確実だと思うけど。

店に残った俺と戸倉は客席に座って、親父が用意した遅めの夕食を食べていた。

「店長さんのご飯、おいしいね」
「親父、料理の腕だけは母さんに勝ってるから」
「ふうん、そうなの。…あれ?じゃあお母さんは今どこかに出かけてるの?来てから1回も姿見てないけど…」
「あれ、聞いてない?母さんは腰痛めて入院中。…あぁ、だからバイト雇ったのかな」

俺は壁についた染みを見ながら思う。
その間に戸倉は「ごちそうさまでした」と手を合わせた。目の前の皿を空にして幸せそうな顔をしている。
そんな戸倉に今この質問をしていいか悩んだが、

「なぁ…そのチャイナ服は一体どこから?」
「店長さんからいただいたものだけど…うーん、やっぱりちょっと恥ずかしいんだよね」
「あんのセクハラ親父…!」

すでにここにはいない親父に感情が向く。
どっからこんなもん取り出してきたんだ、あの馬鹿親父は。思わず戸倉自身を睨んでしまった。
急な視線にそわそわする戸倉は、胸元の空き部分とスカートから伸びる脚をきゅっと閉じて、

「あ…あんまり見ないで。恥ずかしいから」
「……お、おう」

そう言われても困る。
…いや、だって、一応多感な年頃だしさ。こんなご褒美みたいなもんがあったら気になるし。それに俺はどっちかっていうとコスプレ好きだし。どうしても見ちゃうんだよ。
…うん、言い訳にはなんないか。

「つ、次はいつシフト入ってんの?」
「…明日だけど」
「またその衣装?」
「…たぶん」
「親父に頼んで別の服装にしてもらうように言っとくよ」
「え…ありがたいけど…大丈夫かな?」
「ちゃんと言っとくから」
「…ありがとう。でも、なんでそんなに親切にしてくれるの?本当はわたしがお願いするべきなのに…」
「それは…」

俺は一瞬口ごもり、

「…いいじゃねーか。従業員のこと考えるくらい」

不機嫌そうに答えた俺に、戸倉はもう一度小さく「ありがとう」と言った。
今度はちょっとした笑顔つきで。





本当は違う。


戸倉のこんな姿、
他の男に見せたくない。



一緒にいるだけで、
誘われてる気分になるなんて。


言えるはずが、なかった。



end

2010.11.27.

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