111式の恋1◆

□15.待つ
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雨の降る日曜日の昼。
濡れた道を走る車が雨粒を蹴散らしながら過ぎ去っていく。
わたしは喫茶店の端の席でガラス越しにその風景を見ていた。

「また待ってんの?」

いつのまにか俯きがちだった顔を上げれば、席と席の間の通路に友人の七美が立っていた。
きらきらとした可愛い服に身を包んだ彼女は「座るよ」と言って、わたしの正面に座る。
面倒見のいい友人は、わざわざ自分のデートの前に時間を割いてわたしの様子を見に来たらしい。

「だからあんな男には早く見切りつけとけって言ったのに」

七美の言葉にわたしの頭はますます俯きはじめる。

「…わ、わたしのことはいいから行っていいよ。七美こそ、相手を待たせちゃうよ」
「大丈夫。まだ充分時間はある」
「でも…」
「あんた、今で何時間?」
「…2時間」
「連絡は?」
「…まだ」
「もう会うな」

七美は眉間に皺を寄せて呟く。

「あんなチャラいやつ、あんたに似合ってないよ」

友人の辛辣な言葉が刺さる。
確かに彼とわたしが一緒にいるのはなんだか似合わないかもしれない。
でも。

「ち、チャラくはないよ」
「世間一般からしたらそうだけどね。あんたに比べたらチャラいの」

世間一般からしたら充分チャラい七美に言われても実感はない。

「でも…ちゃんと誠実なところだってあるんだから。今日だって、きっと理由があるんだよ」
「どーだかねぇ」
「きっと、目覚まし時計が壊れてたり携帯も財布も忘れてたりしてるんだよ。そう、それだけだよ」
「そうだったらいいのにねぇ」

明らかにそう思ってないであろう七美はいつのまにか注文した紅茶を飲みながら言った。





それから随分長い間、わたしと七美は何も話すことなく、席に座っていた。
何度目か分かないため息をついた七美はふと自分の携帯を見て、げっと声を上げた。

「うわ、もうこんな時間?」
「待ち合わせ、何時なの?」
「5時。でもここから結構遠いから今から出ないと間に合わないかも」
「そう。行ってらっしゃい」

わたしは小さく笑って七美を見送る。
七美は最後に「待つの、ほんとにやめた方がいいよ」と忠告を残して店を出ていった。



すっかり小雨になった雨粒が窓ガラスに滲みはじめる。
待てど暮らせど、彼は現れない。

きっと、あの人にとって、わたしはそれだけのものだったんだと思う。

幾度となく思っても、諦め切れない自分は一体なんなんだろう。
注文表を取ってレジに向かった。
店の外に出る。
いつのまにか、雨はやんでいた。
だんだん喫茶店が遠くなる。
…あぁ、ここまで来ても彼は来ない。
なぜか足取りが重くなる。
…おかしいな、吹っ切ろうとしてるはずなのに。
最後にもう一度だけ振り返ろうとした。



「ごめん!!」



ざあん、と
わたしの前を風が吹いた。


「遅れてごめん!
その、起きたら目覚まし時計が止まってて、慌てて家出たら財布も携帯も忘れて…定期も期限が切れてたのも忘れててこっちまで歩いて来てたらすごく時間かかっちゃって…!
い、言い訳なんかしたって意味ない、よ、な…ごめん、本当にごめん…!」

足元には泥が跳ねた跡。
肩で息をして、口はわずかに震えている。
顔は赤くなっている。
彼の傘は頭の上にはなく、髪の毛から雨水が滴り落ちている。
もう、雨はやんでいるのに。

そして、とてもとても悲しそうな目をして、


「待っててくれて…本当にありがとう」


ちょっとだけ目元を緩めた。


遅いよ、と怒らなきゃいけないのにわたしの口は別の言葉を紡ぐ。


「…来てくれて、ありがとう」



待ち人、来たる。



end

2010.11.28.

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