企画◆

□響くアセロラメリー
1ページ/2ページ



聖夜前日。


絶賛クリスマスセール中の店内には閉店間際までたくさんの客が残っていた。

ある者は嬉しそうに、またある者は楽しそうに、色とりどりの洋服を試着しては綺麗に可憐に変身していく。
閉店時間が迫り、せっかく来てくれたのに、という申し訳ない気持ちで一杯になりながらも客を店内から外へとさばく。
客がすべていなくなり、店内には従業員だけが残った。

岸野は店長として店の中を見回し、明日に向けてのミーティングを始める。
必要事項や連絡を伝え終わり、明日の分の商品を用意する。
そして、これからイブの飲み会や待ち合わせが入っている部下たちと手を振り合い、静かになった店内にひとり佇んだ。

「よしっ」

頬をたたいて気合いを入れ、帰る前に部下が何度も「手伝います」と言ってくれたダンボールから残りの服を取り出す。
手伝ってくれるのはとても嬉しいが、今日ばかりは彼らの時間を大切にしてほしかった。

スタッフルームに岸野のヒールの音が反響する。
ひとりでダンボールの山をあちこちに運んだり片付けたりしていると、

「岸野、お疲れ」
「あ、福岡さん。遅くまでお疲れさまです」

本社勤務のエリートさんが社員入口のドアの前に立っていた。

白のパイピングが入った濃紺のジャケットに黒のスキニーパンツ、グレーのVネックカットソーに足元は短い編み上げ調ブーツ。
なんかこの人のスーツ姿って見たことないなぁ、と岸野は片付けの手を止めずに思う。

「久しぶり。忙しそうだな」
「そう思うんなら手伝ってくださいよ。ダンボールくらい持てるでしょ」
「…お前、仮にも俺は上司だぞ」
「いいじゃないですか。今度なんか奢りますから」
「本当かよ」

気だるそうに話す岸野に、福岡は軽く破顔して、微妙に話題を変える。

「すぐそこのコンビニ行ってくるけど、なんか飲み物いるか?」
「いいんですか?」
「あぁ。何がいい?」
「アセロラドリンク一択で」
「了解」

軽く片手を上げた福岡はまるで雪のように、さらりと扉の前から姿を消した。















「ついでにケーキ買ってこようと思ったけど、売り切れてた」

福岡がそう言って帰ってきたのは岸野が明日の分のダンボールをすべて潰し終わったあとだった。

雪降ってた、と言いながら岸野に缶ジュースを渡す。
ふたりは作業の一段落したスタッフルームの椅子に腰かけて、それぞれプルトップを開けた。福岡はビールらしい。

時計の針がやけに響く。
時刻を見れば、いつのまにか日付を越えていた。
ぷはーと息を漏らしながら福岡は岸野に聞く。

「クリスマスだけど、帰らなくていいのか?」
「んー、女子会も休むって言っちゃったんで今日はまったり過ごすつもりです。
セールも年末まで続くから体力貯めておかないと」
「…そりゃそうだろうけど、仮にも人気ショップのカリスマ店長がそんなんでいいのかよ。
ここに来る前にいくつか他のところも行ってきたけど、みんな出かけるって言ってたぞ」
「…いいんです。今年はちょっと休憩しようかなって思って」

飲み会も女子会も嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。
でも、今年はなぜかそんな気分じゃなかった。

「こんな性格ですし、みんな了解してくれましたよ。あ、今日を怠ける代わりに、明日の飲み会にはちゃーんと参加しますから」

岸野はアセロラドリンクに口をつける。独特の甘さを含んだ酸味が喉を流れた。
この甘酸っぱい、甘いけど癖になる酸っぱさが岸野は好きだ。
文字通り一味違うというか、ストレートじゃなくて微妙に捻くれた感じが自分っぽくて面白い。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ