創作短編◆

□コールドクリスマス
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聖夜当日。


そんな厳粛そうな呼び名に反するような顔をして、公太はお粥の乗ったトレイを持って兄の部屋に入る。

「兄貴、大丈夫?」
「まぁ…うん…」

純太は額に冷却シートを張り付けてぼんやりと弟を見た。ごほんと咳が漏れる。
その脆弱な様子に、公太は顔をしかめてベッドの側にトレイを置いた。

「風邪引いてるからバイト断れってあれほど言ったのに、なんで悪化させて帰ってくるかな」
「面目ない…」
「兄貴に遊んでもらえないからって、ポコがすっげぇ寄ってくるしさ」

「ポコ」は、飼っている犬の名前だ。丸いお腹がぽこぽこしているという安易すぎる発想が由来になる。そしてなぜか純太に一番よくなついている。
しかし今は仮にも風邪を引いてる身。さすがにいつものように一緒に遊ぶことはできない。

うじうじしている純太をしりめに、公太は「食器は廊下に出しとくだけでいいから」と言って部屋から出て行こうとする。
時計を見ると午前11時半過ぎ。
いつもと違う少しそわそわしたその様子に、一体どうしたのかと聞いてみると、

「…待ち合わせしてるから出かけてくる。父さんも母さんも仕事で出かけてるから」

女の子と約束でもしているのだろう。面倒見のよさ以外にも何事にもクールなところが取り柄な公太にしては珍しい。
お年頃だねぇ、と若者らしくない考えを抱きつつ、純太は最後まで兄の風邪を心配していた弟を玄関まで見送った。
















さて。

自分の部屋に戻って壁の時計を見た。
昨日ユキとした待ち合わせの時刻まであと10分足らず。風邪のため行けないことは朝のうちに連絡してある。

この調子ではどんなに頑張っても無理なことは自分が一番よく分かっている。
申し訳なさ全開の純太に比べて、ユキの返事はなんともあっさりしていた。
「風邪だったら仕方ないよね。しっかり治すんだよ」と、明るい口調で元気づけられた。

しかし、キャンセルしてしまった以上、いつか埋め合わせしないといけないだろうか。
そんなことを考えて布団に潜りながら携帯電話を見る。



声が、聞きたい。



コールは4回目でつながった。

『もしもし?』
「…今、大丈夫ですか?」
『ん?サッキー、どうしたの?』

ユキの声の後ろに雑音や騒音が入るのはまだ外にいるからか。
もしかしてまだ待ってるのかもしれない、なんてことを考えるのはうぬれぼ過ぎか。

『風邪、大丈夫?』
「あ、はい。最初よりはマシになりました」
『…良かった。死にそうな声出してたから心配だったんだよねー。
次のシフトいつだっけ?店長には連絡した?』
「えっと…明日入る予定だったんですけど、風邪なら来んなってあしらわれました」
『代わりは?』
「ミヤさんに電話して代わってもらいました」
『私に言ってくれたら代わってあげたのに』
「いや、ユキさんにこれ以上借り作れないっす」

いつのまにか、純太はベッドの上で正座をしていた。
カチカチと鳴る時計の音だけが響く。
電話の向こうで、くぐもったユキの吐息が聞こえる。

『借りって…私、なんかしたっけ?』
「…分からないならそのままでいてください」
『えー、何それー』

電話口にユキの軽い笑いがくつくつと漏れた。
そしてぽつんと呟く。

『…そっか。サッキー来れないんだよね』
「…すみません」
『あぁ、謝らないで』
「あの、俺…」
『ごめんね。なんかね、…ほんとになんでか分かんないんだけど、今日サッキーがここに来れそうな気がしたの』
「ユキさん…」
『…ほんとにそんな気がしただけだから。ごめんね』

見えないのに、しゅんとした顔が目に浮かぶ。
純太は慌てて通話口に向かって話かける。

「ち、ちがっ、違うんです。あ、違うっていうか…あの、俺、今日ユキさんに誘われてすっげー嬉しかったんです」
『……そう』
「今年はユキさんと一緒にクリスマスを過ごせるんだって思って、その…ほ、本当に嬉しかったっていうか」
『サッキー…』
「だから…だから、寂しいこと言わないでください。俺も…寂しくなっちゃいます」





なんでだろう。

かぶっていた布団はすでに蹴飛ばしてあるのに、体が熱い。
携帯を持つ手が震える。緊張なんてしなくていいはずなのに。



芯が、身が、心が、
ただただ、熱い。

「だからユキさん、」

ぎゅう、と、こぶしを握る。



「今年は無理でしたけど、来年…来年は一緒にクリスマスを過ごしてくれませんか?」



沈黙が耳に響く。
ちょうど12時間前には考えていなかった状況。
心臓が痛い。

『…私、』

ユキの言葉が雑音に混ざって聞こえる。




『サッキーと同じこと思ってた』



すぅ、と息を飲む。

「あり…がとう、ございます…」
『…うん』













電話越しにクリスマスソングが聞こえてくる。
さっきその単語をユキに向かって言ったのに、あぁ、クリスマスだな、と純太は正座を崩して、寝転がりながら思った。
少し、緊張が消えた。

ユキは何も言わない。
純太は口を開いた。

「遅くなりましたけど、メリークリスマスです、ユキさん」
『…そこはハッピークリスマスだよ、サッキー!』

ユキの声が耳に入ってくる。
やっぱりこの人には湿っぽいものよりも楽しそうな声音の方が合っている。









風邪を引いたり告白したり。
今年のクリスマスはまだ半分しか過ぎてないのに、色々なことがあった。



暖かい部屋で再び布団にくるまりながら、純太は携帯電話を握りしめた。





2010.12.25.

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