創作短編◆

□コールドクリスマス・アフター
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聖夜後日。


つまりは12月26日、街にクリスマスの余韻が残るかと言えば実際はそうでもない。
金色の星や色とりどりのモールや雪模様で飾り立てられたクリスマスツリーは一斉に街中から姿を消す。
赤と白の格好をしたサンタクロースの衣装もいなくなってしまうし、靴下もトナカイもケーキもいつのまにか見なくなってしまう。
まるでここ数日の喧騒が夢であったかのようだ。

代わりに歳末キャンペーンと際して門松やら鏡餅やらといったお正月グッズが所狭しと並べられるようになる。
考えてみたら日本人って変な種族だよなぁ、とミヤは思う。














そして彼は今日もコンビニのカウンターに立って、

「いらっしゃいませー」

と声を上げていた。
本来なら家でDVDでも見て過ごすつもりだったが、大学生バイトのサッキーが風邪で寝込んでしまったので代わりに入ることになった。
お前は体調管理くらいできねーのかアホ!と電話口で散々怒ってやったのは昨日の朝の出来事だ。

「ったく、アイツはよぉ…」
「……どーしたんですか、ミヤさん」
「うおっ!び、びびった〜…いたんなら言えよ!」
「……同じシフトなんだからいるに決まってますよ」

ふたつあるレジのもうひとつのほうからヤマの声が聞こえる。
どことなく陰鬱そうな顔をして、バイトの制服の裾を引っ張っている。

この店でサンタ帽をかぶせて似合っていない人ナンバーワンを決めるとしたら全員がこのヤマを選んだはずだ。
なんていうか、すべてが「らしくない」ように見えるのがこのヤマという男だった。
何が「らしくない」のかは分からないが、とにかく彼がすることひとつひとつに違和感が付き纏う感覚を覚えてしまう。そして今年26歳になるミヤよりひとつかふたつ年下のはずだが、どことなく病弱な印象も受ける。

ミヤ自身もあまり彼には関わり合いたくなかったが、よくシフトがかぶってしまうので顔を合わせざるを得なかった。
今日も上がる時間同じだし、きっと駅まで一緒なんだろうな、と思う。
別に嫌ではないが話す話題がないのが一番困る。

「……ミヤさん」
「お?」
「……今日、一緒に飯食ってくれませんか」
「は?なんで?」
「……奢りますんで」
「いや、なんでって聞いてるんだけど」
「……いらっしゃいませー」

質問に答えてもらおうとしたらヤマの前に客が商品を置いた。
なぜ?どうして?なんで?
同じような疑問が口から飛び出しそうになる。

「おい、ヤマ…」
「あの、お会計いいですか?」
「え、あぁ、すみません」

ヤマに声をかけようとしたとき、客がミヤの前に立った。
つくづく間が悪いと思いながらミヤは接客に戻った。
















「……お待たせしました」
「ったく…おせーよ。で?どこで飯食うんだよ?」

律儀に店の外で待っていたミヤをちらりと見ると「……付いてきてください」と言って、ヤマはコートのポケットに手を入れてさっさと歩き出した。
いつもどおり愛想がねーな、と思いながらミヤは白い息を吐きながらその後を追う。

しばらく歩いていると、突然ヤマが立ち止まった。

「……ここです」
「牛丼」
「……はい」
「聖夜の次の日が牛丼とはね…まぁ、いっか」

そこは全国に軒を連ねるチェーン店で、ミヤはどこか拍子抜けしたが、庶民にとって安上がりなのはありがたい。
中に入ると鼻をくすぐる匂いが立ち込めていた。それを嗅ぐと、今まで気にしていなかった空腹が急にへその辺りで暴れだした。

空いている席について注文する。ミヤは大盛り、ヤマは並。どうせ奢ってもらうんだし、そこは遠慮などしない。
ミヤは目の前の席に座ったヤマにおしぼりを渡す。

「で?なんでこんな急に飯食おうって思ったんだ?たまには人と一緒に食いたくなるってことか?」
「…………」
「しゃべれよ」

声を低くして言えばヤマの肩がびくりと動く。
それでも何も言わないヤマに、短気なミヤの我慢メーターは早くもレッドゾーンに突入しようとしていた。
そして口を開こうとしたとき、タイミングよく店員が「お待たせしましたー」と言って丼をふたつ運んできた。
ヤマが「……どうぞ」と、ミヤに箸を渡す。とりあえずそれで我慢メーターは元の位置に戻った。

「……俺の」
「ん?」
「……俺のどこが絡みづらいですか?」
「は?」

ちょうどミヤが口に入れようとしていた肉が丼の上にべたんと箸から滑り落ちた。

「なんでそれを俺に聞く」
「……ミヤさんだったら教えてくれそうだと思ったんで」

なんつー甘えた根性だ、とヤマの黒髪をぺしんとたたく。
そのまま黒髪をつんつん引っ張りながら、

「なんつーかなぁ…沈黙って言うの?そーいうのが多くてしゃべりづらいんだよ」
「……そうですか」
「ほら、今も一瞬黙っただろ」
「…………そうですね」

さらに長くなってどーする、と再び頭をたたく。
たたかれた頭を押さえてヤマはじっとりとした目でミヤを見る。
なぜかその目にカチンときて、

「第一、ヤマは話し方が暗いんだよ。沈黙も多いし感情表現も苦手そうだし。あと、表情が怖い。
ユキちゃん見てみろ。あんだけカラッとしてたら悪くは思わないだろ」

行儀悪く箸でヤマを差す。
それもそうですね、とヤマは箸を止めて宙を見る。

「早く食えよ。っていうか、なんで俺より量少ないのにまだ残ってんだ」
「……ミヤさんが早食いなんですよ」

ヤマらしくない、ムッとした言い方にミヤは最後の肉を咥えながら笑った。












丼を空にしてふたりは店を出た。

澄んだ冬の空が頭上に広がっている。
昨日と同じ白い結晶が空から降っていた。
ここからならそれぞれ別方面の駅に行った方が早いし、今日はここで解散のはずだ。
ミヤが、じゃあな、と言おうとしたとき、

「ミヤさん」

ヤマは鞄から何かを取り出し、



「遅くなりましたが、メリークリスマスです」



初めて、にこりと笑った。

「…って、なんた。売れ残ってたケーキじゃねーか」
「店長が早く在庫処分しろって言ってたんで」
「なんだよそりゃ」

ミヤははぁ、とため息をつき、

「沈黙、なくなったな」
「え?」
「話す前の沈黙がなくなったって言ってんだよ」

ヤマは気付いていなかったのか、目をぱちくりさせている。
なんで俺の方が早く気付いてんだろーな、とミヤは受け取ったケーキを見ながら思う。
そして、

「同じこと考えてんじゃねーよ」
「は?」

対人関係克服記念、と言ってミヤは自分の鞄から同じケーキを取り出した。

「あり、がとう…ございます…」

ヤマは手の平にちょこんとプラスチックの箱を乗せて言う。
まさかミヤからもらうとは思ってなかったのだろう。



「ははっ。ハッピークリスマス、だな。山野」



ミヤはヤマの黒髪に積もりはじめた雪を撫で取ると、寒そうに屈みながら駅へと歩いていった。

そして鼻の頭を赤くしたヤマだけが取り残された。



透明な箱の中で、赤い帽子を被った砂糖菓子が一日遅れの雪を眺めていた。







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