111式の恋1◆

□14.別れる
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ダメなのは知ってた。



「もう、やめよう」



何が、とは言わなかった。
お洒落な喫茶店の窓際の席で、俺と彼女は机を挟んで向かい合っていた。
彼女は静かに頷くと、黙って席を立った。
レシートを持っていこうとする彼女の手をつかみ、白い紙を引き剥がす。
数秒、俺を見た彼女は「ありがとう」と言って店を出て行った。

最後の台詞はさよならではなくお礼の言葉だった。

「……ま、そうだよな」

俺は皺を残したレシートを見る。
ホットコーヒーふたつ分の値段が何事もなかったかのように刻まれている。
彼女はそれにほとんど口をつけていなかった。
もったいない、なんてことは思わない。
たったこれだけの金額で俺と彼女は道を違えることができた。



それは、紛れもない事実。


これから、俺はしばらくひとりで生きていくことになる。
無理して高いレストランを予約することもないし、わざわざ駅前で1時間も待ちぼうけをくらうこともない。

自由。
そう、自由なんだ。

これからは余った時間を趣味に使えるし、何も気にすることなくひとりで過ごせる。
イッツ、フリーダム。



「……ほんとかよ」



人は手放してから物事の重要さに気付くと言うが、はたして俺もそうなのだろうか。
今はどこか安心している自分がいるけれど、時間が経てば後悔が湧いてくるのだろうか。
そんなもの、そのときになってみないと分からないが、やはり少し気になる。

人はひとりで生きていけない、とも言う。
なぜか格言めいた言葉ばかりが頭の中に出てくる。
せっかく踏ん切りがついたというのに、こんな未練がましいのはどうしてだろう。


「……あぁ」


そうか。



好きだった人と、
もう二度と一緒に
ゼロ距離になれないからか。





別れたんだ。


そう思っても、
目の前の席が埋まることはない。



end

2010.12.26.

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