111式の恋1◆
□71.選ぶ
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どきどきどき。
和沙は三奈が用意した割り箸のくじを引く。
「えいっ」
「はい、残念でした〜。……かーずーさー。選んじゃったのは仕方ないでしょ。戻っておいでー」
「やだあああぁぁ!」
先に赤の印をつけた割り箸を引いた和沙は一旦部屋のすみに逃げたものの、しくしくとしながら三奈の元に帰ってくる。
「もお、諦めなさい。肝試しは全員行かなきゃいけないんだから」
「かと言って、トップバッターはなんか気持ちが違うでしょー!」
すでに半泣きな和沙は三奈のすがりついてぶんぶんと首を振る。
相手が面倒くさくなった三奈は、男子の集団に声をかける。
「ねぇ、男子はどうなったー?」
「おー、決まった決まった。八木が一番な。そっちは?」
「和沙が最初」
「マジか」
三奈と会話をした男子がご愁傷様、といった顔をする。
そして「じゃあ先行ってるから女子も来いよ」と伝えてさっさと部屋から出ていった。
三奈は残りの女子にもくじを渡しながら、
「大丈夫よ、和沙。一緒に行くの八木くんらしいから」
「八木くん?…あの怖そうな?」
「あんたね。八木くんは体格がいいってだけで怖いやつじゃないでしょ」
「…あんまり話したことないからなぁ」
和沙は、深々とため息をついた。
肝試しのルールは簡単。
正しいルートを通って、ゴールにある祠からお札を取って戻ってくるだけ。
ただし、お化け役がいるからそれの妨害に打ち勝って帰ってこなくてはいけない。
三奈たちにそう言われたのがほんの数分前。
和沙はすでに後悔していた。
「や、八木くんってこういうの大丈夫な方?」
「…ん、まぁ」
「私、ものすっごい苦手なんだよね…」
「あの、飯塚さん。引っ張られすぎると歩きにくいんだけど…」
「あ、うわ、ごめん」
ものすごくベタな感じに八木の服の裾を離す和沙。
「ほんと…なんであのくじ選んだんだろう」
「運がなかったんじゃない?」
「ひどい…」
和沙が別の意味で涙目になりそうになったとき、
目の前に逆さ吊りにされたカラスが現れた。
「いやああああああぁぁぁ!!」
眼前にいきなりグロテスクな物体が現れたことで、和沙の状況キャパシティは一気に限界を超えた。
周りにあるすべてのものが視界から消し飛び、自分が出した声すらも遠くに聞こえる。
脚に力が入らなくなり、涙すら出ることを忘れ、ふっと気が遠くなった。
が、
八木にぎゅっと手をつかまれた。
「大丈夫。これ、作り物っぽい」
和沙の肩を後ろから抱き、こんこんとカラスの体をたたく。
「ったく、女子がいるっていうのに、いくらなんでもこれはキツイだろ…」
まるで周りにいる脅かし役に聞こえるように言葉を吐いた。
「あ、あ、ありがとう…」
「…気分悪いんなら休んでていいよ。待ってるし」
「……いや、大丈夫。頑張る」
「無理されたら俺が困るんだけどな」
「……うぅ」
容赦ない言い方に、和沙の心はバキバキに折れかける。
再び涙目になりそうになったとき、八木が和沙の耳元で小さく囁いた。
「心配しなくても俺がいるし」
和沙の目には八木がとても輝いて映った。
「八木くんが神様に見える…」
「そりゃどうも」
ほら進んで、と八木が和沙を気遣いながら先を促す。
「…あのくじ選んで良かった」
八木が呟いた言葉は戦々恐々としている和沙の耳に届くことはなかった。
end
2011.01.01.