111式の恋1◆

□7.想う
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西川は水面に釣糸を垂らしながらひとつのことを考えていた。

「なぁ、こうちゃん」
「どした」
「なんで俺は坂木が好きなんだろう」
「知らん」

中嶋は西川の言葉をぶった切った。
手は機械的に餌の仕掛けをいじっている。



釣りに行こうと言ってきたのは西川だ。応えたのは中嶋だ。
だからそれ以外のことはしないと中嶋は思っている。

西川が坂木を好きでも別にどうだってことはない。
好きになったのなら素直に好きになっておけばいいのだ。
そこでわざわざ嫌いになりにいく必要なんてない。そんな面倒くさいことは、はなからお断りだ。
もっとも、中嶋から今の考えを口にするつもりはない。
これは中嶋の考えであって、西川が同じことを考えているか定かでないだからだ。



「なー、こうちゃん」
「今度は何」
「餌取られた」

西川が引き上げた釣糸の先には銀色に光る釣針だけが残っている。
女子が見たら気持ち悪がろう餌は跡形もなくなっていた。
中嶋はドンマイと言って自分の釣糸の先を眺めた。
微動だにしない餌は水中にゆらゆらと漂っている。

「こうちゃんの方は?」
「来ない」
「そっか」

西川はよじよじと餌を針につける。
今度こそ来い!と叫びながら青く光る水に向かう。
ぽちゃんと音がして中嶋のものと同じように、餌はゆっくりと水に沈んでいった。





釣りをしていると何も考えなくて済む。
…いや、その考え方には少し語弊があるか。

正確に言うと、悩んでいることがどうでもよくなってくる。
もしくは、よりいっそう深く考えることで悩みを消すこともできる。
少なくとも、中嶋はそう思っている。



「…こうちゃん」
「何?」

西川は動かない水面を見ている。
声を発してから何も言わない西川を不思議に思って、中嶋は釣糸から視線をはずした。

「どしたの」
「…俺さ、坂木のことが好きでどーしようもないの」
「ノロケ乙」
「ひでぇ」
「ひどくない」

憤慨する西川にくすくすと笑う中嶋。

臆面もなく好き好き言える目の前の友人が、どうしようもなくキラキラして見える。
こんだけ想われて坂木もすげーな、と中嶋は頭のすみで考える。

「でもさー、なんか告白したいとかちゅーしたいとかじゃなくて、見てるだけで充分っていうか」
「何それ、乙女思考だな」
「…そこなんだよ、問題は」

うなだれてため息をつく西川は、虚ろな目をしながら釣竿を引いた。
水中で餌が生きているように動く。

「いいんじゃない?別にそれでも。俺は好きだけどね、そういう青春っぽいの」
「…そうかぁ」

西川は空を見上げて数回まばたきをした。

水面と同じ青い空には雲ひとつない。
どうりで釣れないわけだ。
こんな快晴だと、魚たちは警戒して餌に寄って来ない。



それからしばらく粘ってみたものの、竿はぴくりとも動かない。
西川も中嶋も諦めて道具を片付ける。

その途中で中嶋はなんとなく声を出した。

「…坂木も」
「ん?」
「坂木もお前のこと好きだったらいいな」
「…そうだなぁ」

晴れた空を見上げながら呟く西川。





気分は今日の空みたいに晴れていても、釣糸みたいに反応がなければ虚しいだけだ。

想い出にするにはあまりにも動き出さない気持ち。



沖の方で魚が小さく跳ねた。



end

2011.02.12.

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