企画◆

□棘と青色絵の具
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僕は、パレットからすくい取った青の絵の具をスケッチブックに染み込ませた。
水の調整をしてじわりと広がっていく絵の具を、鉛筆で引かれた境界線に来たところで止める。
隣の色と混じってしまわないように、慎重に筆を滑らせて滲んでいるが綺麗に見えるように工夫する。

今描いているのは風景画だ。
春休み、美術部のみんなで学校に集まったあと、外に出て各々気に入った風景を描く。
田舎にある学校なので描く対象には困ることはない。
木、山、川、空、なんでもある。
自然物なら季節特有の、例えば雪や特定の花といったもの以外は大抵揃っている。





僕はちょっと奥まったところにある土手で画材を広げていた。
土手の下は川になっていてちょろちょろと頼りない音をさせながら水が流れている。
川に道具を落とさないようにして、僕は短い草の生えた傾斜の部分に座っていた。
せせらぎを聞きながら筆を走らせるのは中々優雅なものだ。

色を塗っていると、後ろから足音が聞こえてきた。
集中力が切れないように、切りのいいところまで絵の具を塗ってから振り返る。

桜井先輩が立っていた。

どこか意外な気がして、軽く頭を下げる。
こんにちはと言おうとしたとき、先輩が口を開いた。



「あたしね、あんたの絵が好きじゃないの」



先輩は僕のスケッチブックを覗き込みながら言った。

いきなりのことで目をぱちくりさせる僕に、先輩は上からまっすぐな視線を向けてくる。
射抜かれる気持ちはこういうことか、と絡まる視線を解こうと僕は努力する。

ひゅう、と風が吹いた。
肩の下くらいまで伸びた先輩の黒髪がひらひらと所在なげに揺れている。
白色のセーラー服の端もはためいた。
先輩の上には天高く昇った太陽。
美術部恒例の風景デッサンをする時間だというのに、僕の見ている風景には今、先輩しかいない。

「配色もデッサンも特に言うことはないんだけど、あたしは嫌」

きれいな花には棘があるなんて言葉を考えた人は本当に天才だと思う。
先輩はその整った唇から毒を吐き、足元に棘を撒き散らしながら周りを切り裂き切り裂き歩いていく。

僕は筆を置いて先輩から目を逸らした。
棘を主張するかたわら、絶対の揺るがない意志でこちらに向かってくる目。
純真無垢とも天真爛漫とも言いがたい、しかし曇りのない澄みきったその目がなんだか苦手だった。



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