111式の恋1◆

□81.振り回す
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春だ。



季節もそうなんだけど、正確にいうと私の心が、だ。

この春、私は無事に第一志望の大学に合格して、花の女子大生になる。
それがもう嬉しくて、合格通知の封書を受け取ってからというもの私は浮かれっぱなしだった。

テレビも漫画もカラオケも友達とのおしゃべりも、誘惑になるものはすべて遮断して勉強した。
そんな日々を乗り越えて手にした輝かしい未来に私の期待は高まる一方だ。
……大袈裟すぎる表現かもしれないけど。

とにかく、私はうきうきしながらも、端から見れば明らかにだらけきった生活を送っていた。





そして昨日と同じく、私は自分の家でゴロゴロしている。
リビングのソファに寝転んでうつらうつらしていると、ピンポーンとインターホンが鳴る音がした。
誰か来たらしい。
今、家にいるのは私だけだ。両親も姉も出かけている。私が出るしかない。
部屋着のままだけど、まぁいっか。

はーい、と玄関のドアを開ければひとりの男が立っていた。

「あれ、吟じゃん」
「…これ、回覧板」

同級生の吟がぶっきらぼうに回覧板を渡してきた。
正確に言うと「同級生だった」だけど。





私と吟は中学校も高校も一緒だった。

家が隣同士なのでよく誤解されるけど、私たちは漫画やドラマである幼馴染みという関係ではない。
私が中学生のときに転校してきたのがきっかけで、吟と会ったのはそれが初めてだ。
言うなれば、引っ越したら偶然隣家が同級生の家だったわけだ。
吟とは話してて楽しいし、わりと良いやつだし、お互い特に問題を起こすこともなく成長してきた。
そんな頃から吟はよく私を振り回してばかりだったけど。

だけど、そんな吟とも最近はなかなか話をする機会がなかった。
吟は推薦入試で有名私大にあっさり合格したらしいけど、私は一般入試組。
私の数ヵ月は予備校に拘束されているか家に閉じ籠っているかだったからだ。
だから、こうして久しぶりに会えて少し嬉しい。

「わざわざありがとう。なんか会うの久しぶりだね」

私は回覧板を持って軽く頭を下げる。
長身の吟が私を見下ろしてくる。
あまりにもじろじろ見られるので、さすがに不思議に思った。

「…あのさー」
「何?」

吟は少し言いよどんでいたが、

「…なんでジャージ?」

私は吟の視線を追って自分の服装を見る。

上は首元まで締まるチャックのついた灰色の上着。下は横側に白いラインの入った紺色のスエット生地のもの。
うん、どこからどう見ても気の抜けたジャージ姿だ。部屋着だから当たり前だ。
…決してオシャレとは言えないけどさ。

不可解な視線を送る私に、

「大学受かって手ぇ抜いてると一気にオバサン化してくぞ」

吟が意地の悪い笑い声を漏らす。
何がオバサン化だ!と言い返そうと吟の姿を見て、口を開けたけどうまく言葉が出なかった。

染めたらしい明るめの茶髪が緩いウェーブを描いて吟の額にかかっている。
手触りの良さそうな白シャツからちらりと形の良い鎖骨が見えた。
銀色の小さなネックレスが太陽の光を反射している。
伊達なのか度入りなのか分からないけど、細身の黒フレームの眼鏡が妙に似合っていた。



吟ってこんなんだったっけ?
…不覚にも格好いいと思ってしまったじゃない。



ドキドキする胸の内を出さないように目の前の男を見上げる。
吟は不機嫌とニヤニヤ笑いを混ぜたような、なんとも微妙な顔をしている。

「……何よ」
「なんつーか、昔からださかったけど、今が一番ひどいな」
「なっ」
「せめてジャージの上下の色くらい揃えろよ。だっせーな」
「い、言わせておけば…!」

さすがにここまで言われて黙っていられなくなってきた。
そして吟は私を突き動かす言葉を口にした。



「…かわいくねーぞ?」



ばちん、と視線があった。

かわいくない。かわいくない。
かわいく、ない。
なぜかそれが無性に悲しかった。

「……ばかあああ!!」
「いっ、いてえええぇぇ!」

気付いたときにはすでに遅し。
私は受け取った回覧板で吟の頭を思いっきり叩いていた。

「あんた、女の子の気持ちも考えてよ!思っても口にしないでよ!」
「うるせーな、本当のことなんだからいいだろ!」
「よくないわ!馬鹿!」

さっき、かっこいいと思った自分を吟みたいに叩きたくなる。

「あー、もう、いってぇなぁ。…元は悪くないんだからさ。よし、俺が服選んでやるよ」
「はい?」
「あとでもっかい来るからな。準備して待っとけよ」

そう言い残した吟はあっというまに去っていった。



なんなの?なんでこんなことになってんの?
私の選択権はどこに行ったの?
なんで昔みたいに振り回されてるの?



それでも、脈打つ心臓を止める術を私は知らなかった。



end

2011.02.26.

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