111式の恋1◆
□107.振り返る
1ページ/1ページ
玄関の扉を閉めて、俺は息を大きく吐いた。
固いドアに体重をかけて、天井を見上げて目を瞑る。
途端、さっき家の外で偶然会った三咲の姿が瞼の裏を過ぎ去った。
綺麗に振り返って、はにかみながら笑う顔が蘇る。
友人のウッチーが「後藤ってお前に見てもらいたくてオシャレし始めたらしいよ」と言っていたことを思い出す。
ぼ、と頬が赤くなるのが分かる。
俺は体をドアに預けたままずるずると膝を折ってしゃがみこんだ。
下を向いて爪先を見つめる。
やっべ。やっべー。
徐々に加速していく体温上昇に頭がついていかない。
今日家に誰もいなくてよかった。こんな醜態誰にも見せられない。
俺は無理矢理膝を押して立ち上がり、自分の部屋に駆け込む。
ベッドの上に放り出していた携帯を手にとって番号を押す。
ピ、ピ、ピ、
「…………」
『はい。もしもし?』
「テル?み、三咲が…三咲が、超やばい!」
テルが電話口に出た瞬間、今まで抑えていた言葉が勢いよく飛び出した。
『三咲?…あぁ、後藤のことか。何がやばいんた?』
「ウッチーがこの前、あいつがすっげー可愛くなってたって言ってたの聞いたじゃん」
『うん』
「それで…その、なんつーか…マジで可愛くなってて」
『……へぇー』
テルは冷めたような、明らかに棒読みの声で返事をした。
こいつ信じてないな。
もし目の前にいたら胸ぐらをつかんで揺さぶってやろうかと思った。
…まぁ、そんなことしたら笑われるに決まってるけど。
「いや、もうほんと前とは全然違ってて」
『ふーん。どんな感じ?』
「なんか白かった」
『他に言い方あるだろ』
見事に突っ込まれて言い訳できなかった。
いや、だってあれ白かったし。ひらひらしてたし。花柄もあったかな。
数少ないボキャブラリーを総動員して、三咲の変化を伝える。
テルはすべてを聞いたあと「お前のために後藤も頑張ったんだな」と言った。
その言葉を聞いて、改めて頬が熱くなる。
「俺、ビックリしてあいつのことあんまり褒めてやれなくて…」
ぽつりと本音が漏れた。
本当は面と向かって言いたかった。
もっとちゃんと、可愛くなったなって言いたかった。
でも、ちっぽけな意地がその言葉を喉の奥に閉じ込めてしまった。
黙ってしまった俺の様子を探るようにテルが受話器越しに声をかけてきた。
『…お前も似たようなもんだったしな。クラスの奴ら誘って行った合コンのスタイリングだって俺がやってやったんだし』
「そ、それは誰にもいうなよ!」
『はいはい』
俺の必死な口調に対してテルは気のない返事をした。
そんなこと知られたらあいつに顔向けできない。
この事実を聞かれてしまった日には穴を掘って埋まりたくなる。
再び押し黙ってしまった俺を無視して、テルは言葉を続けた。
『…お前は昔から背伸びしすぎなんだよ。お互いダサいんなら、好きなやつの前でもダサくていいじゃんよ?』
「それは俺のプライドが許さん」
『……そりゃそうか。誰だって格好よく見てもらいたいもんだしな』
「当たり前だ」
答えながら俺はクローゼットを開けた。出かける準備のためだ。
『つーかさ、お前らそろそろくっついた方がいいんじゃね?見てるこっちがムズムズするんだけど』
「んなことできるか。…三咲がどう思ってるのかも知らないし」
『俺は絶対脈アリだと思うんだけどなぁ』
うーん、と唸ってテルは言葉を切る。
微妙な沈黙が漂う。
「あ、そうだ」
『どうした』
「今日、これから三咲と、その…出かけることになったんだけど」
『は?何、デート?おーい、なんだよ。やるじゃんやるじゃん。ヘタレのくせに』
「うるせー。…あー、そんでさ、悪いんだけど…」
『今日のスタイリングはやらねーからな。お前ひとりで頑張れよ』
「……ですよねー」
断られるかも、という懸念は瞬時に具現化された。
やっぱり自分でやんなきゃ意味ないよな。
「分かった。ごめんな、いきなり電話して」
『いーよ、別に。じゃ、頑張れよ』
「おう」
電話を切って充電器を差す。
さて。
俺は開けっぱなしのクローゼットの中身を見る。
不本意ながらもテルに付き添ってもらって買い集めた洋服たちが並んでいる。
かわいくなったとは言え、過去を振り返ると三咲と俺のセンスは似たようなもんだ。
これらの服を見てテルみたいに着こなせる自信はない。
「ま、なるべく頑張るか…」
俺は服を引っつかんで時計を見た。
約束の時間まであと30分と少し。
無意識に顔が緩んでいたことに気がつくと、再びかあっと頬が熱くなった。
end
2011.02.26.