111式の恋1◆

□38.気づく
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僕は狭い土管の中にうずくまっていた。
なるべく息を漏らさないように静かに目を上げる。

「佐野ー!どこだー!」

大柄な男子が僕の上を通っていった。
どしんどしんと足音がして、頭に土や埃がパラパラと降ってくる。
その後を手下みたいな子が続く。またパラパラと屑が落ちてきた。
まさか僕が土管の中にいるとは彼らも思ってないだろう。

「ちっ。あいつ逃げたか」
「これ以上探しても意味ないんじゃない?」
「逃げ足早そうだし」
「あいつ、ひとつ下のクセに6年生に逆らうなんてなぁ」
「ねぇ、佐野なんて探してないで家帰ってゲームしようよ」
「そうだな」

僕にとってはありがたい下っ端の言葉で、大柄な男子はいとも簡単に僕を探すことをやめた。
また、どしんどしんという音がする。
それは何かを話す声と一緒にどんどん遠ざかっていった。

あたりが完全に静かになったのを感じてから、僕は土管の中から外に這い出た。
僕が入るくらい大きな土管だけど、さすがに上着にもズボンにもよく分からない汚れがついている。
いくら背が低くて体が小さいといっても、やっぱり小学5年生にもなると土管に入るのは窮屈だ。
頭を振ると土屑がぽとぽとこぼれた。まぁ、土くらいいいや。
体と一緒に土管の中に押し込んでいたランドセルを引きずり出す。
これにも汚れがついていた。しょうがない。





僕は近くの公園に行って水道の水を勢いよく出した。
出てきた水でハンカチを濡らす。
蛇口を閉めて、ハンカチでランドセルや体のの目立つ部分を拭く。
上級生の男子たちはこの公園には寄らないだろうし、ゆっくりしていても大丈夫だろう。
水道の傍に座って、きゅっきゅっとランドセルの汚れを取る。

母さんはいつまでも僕が元気に遊んでると思ってるらしい。
それでも、僕は夜遅くまで働いてる母さんに心配をかけたくない。
だからこうやってなるべく証拠隠滅をしてから家に帰る。
証拠隠滅って言うとなんだか不可能犯罪をしているみたいでちょっとワクワクする。
ぎゅっとハンカチを絞って、もう一度蛇口を捻ろうとしたとき、僕の横に誰かが立った。

「佐野くん」
「……堀内さん?」

隣のクラスの堀内さんが、僕を見下ろしていた。

堀内さんはショートカットで活発そうな女子だ。内気な僕とは全然違う感じ。
赤と白のボーダー柄のポロシャツに、膝よりちょっと短めのスカートから綺麗な足が伸びている。
確か今年も体育委員をやっていて、運動会のときにテキパキと動いていた記憶がある。
一体なんだろう。
僕が堀内さんを見上げると、彼女は少しぶっきらぼうに、

「うち、すぐ近くだからタオル貸したげる」
「え、そんな、悪いよ」
「貸したげるから」

一度辞退したものの、堀内さんは少し釣り目がちな瞳を伏せて僕の腕をつかんだ。
体は僕のほうが大きいけど、もしかしたら力は堀内さんの方が上かもしれない。
僕は大人しく堀内さんの後についていった。





堀内さんの家はごく普通の一戸建てで、庭には赤い花が咲いていた。
ここで待っててと言うと、僕を玄関の前に残したまま彼女は家の中に入っていった。
僕はランドセルを抱えたまま、きょろきょろとあたりを見回す。
女子の家に来るのは低学年以来だ。なんだか落ち着かない。

そわそわしていたら、ガチャリという音がして堀内さんが家から出てきた。手には何枚かのタオル。
「それで汚れ拭いて。それからこっち来て」と言うと、堀内さんは僕をつれて赤い花の咲く庭に足を踏み入れた。
ガーデニング用らしい水道を捻ると、ふわふわのタオルが一気に水浸しになる。
その濡れたタオルを僕のランドセルを拭きながら、

「佐野くんって、なんで6年生にいじめられてるの?」

ストレートに聞いてきた。
……うん、すごく堀内さんっぽい。
僕はタオルから太陽の匂いを感じつつ、なぜそうなったのかを思い出そうとし、

「忘れた」

とりあえず笑って答えた。

「そ、そんなの、忘れるわけないでしょ?」
「ううん。もうずっと前からだし、忘れちゃった」

堀内さんはありえないって顔をしたけど、これは本当のことだ。
今の状況があまりにも長く続いてるから本当の原因なんかどこかへ行ってしまった。
僕が馬鹿みたいなのも堀内さんが心配してくれるのも分かってるけど、これはきっと上級生が卒業するまで続くんだと思う。

「やり返すことはしないの?」
「やり返せたらタオル借りてない」

堀内さんはぐっと声を詰まらせた。
きつい言い方かもしれないけど、本当のことだし。

下を向いて僕のランドセルをタオルで拭いている堀内さんは何も言わなくなった。
ただ手を動かしているだけ。
そこでようやく気づいた。

「堀内さんって優しいね」

僕の言葉に彼女は驚いた様子で顔を上げた。
なんとなく笑えば堀内さんは顔を赤くした。

「…佐野くんってそういうこと、普通に言うの?」

堀内さんの声はいつもより小さかった。
え、あれ?もしかして怒らせた…?

「いや、助けてくれる人、今までいなかったから…」

しどろもどろで返すと堀内さんはなぜかため息をついた。
……やっぱり怒らせちゃったのかな。
僕がごめんと言う前に、堀内さんは「新しいタオル取ってくる」と言って僕の傍を通り抜けた。



僕は、堀内さんからも太陽の匂いがすることに気づいた。



end

2011.03.16.

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