111式の恋1◆
□73.狙う
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その日、俺がサークルに出ると泰斗が声をかけてきた。
「ナオ、今度の金曜の飲み会に赤塚さん誘っといてくんね?」
「え、俺が?なんで?」
「他のやつはみんな断られてんだ。だから順番でナオに頼む。よろしくな」
俺の返答も待たずに泰斗はさっさと姿を消した。
赤塚さんは大学のテニスサークルの一員だ。
高嶺の花と思われそうな上品さに、サラサラの髪をなびかせて球を打つ姿は後輩の憧れ。
同い年ゆえに会うのは今年で3年目になるが、いまだに彼女とはまともに話したことがない。
泰斗の話によると、何度か飲み会に誘ったらしいがすべて断られているらしい。
遊び半分出会い半分でサークルに来ている大半の人とは違い、本気でテニスをするつもりでここにいるからだ。
そんな赤塚さんに声をかけろとは無茶振りもはなはだしい。
成功するイメージなどない。
それでも泰斗の申し出を断る気力はなかった。
機嫌のよさそうなときを狙って声をかけてみるしかないな、と俺は鞄を背負い直してコートに向かった。
「……飲み会?」
「う、うん」
夕方になる頃、思い切って赤塚さんに話しかけてみた。
タオルで汗を拭いている彼女は夕日を浴びてきらきらして見える。
こりゃ後輩の人気も上がるわな、と俺は明後日の方向を向いて考えた。
「針谷くんは来るの?」
「俺?え、と、一応行こうかなって思ってる…けど、長くはいないと思う。次の日朝からバイトあるしあんまり遅くまで出かけてたくないし…」
そこまで言ってからしゃべりすぎたと気づいた。いらないことばっか言っちゃったかな、と肝を冷やす。
赤塚さんはこちらの焦りに気づいたのか気づかなかったのか、「どうしたの?」と声をかけてくる。
「な、なんもないよ。それで、どう?来る?…あ、やっぱり無理かな。それだったら無理に言ってごめん」
俺はへらへらと笑った。
サークルのマドンナとは言いがたいが、人気のある彼女の前に立って緊張していないといえば嘘になる。
彼女のことはいつも遠巻きにして見ているしかなかった。
ぎゅっとすれば折れそうなくらい細いのに、サークルの中では一番強い。
サーブが入ったときの会心の笑みやラリーのときの真剣な顔、勝ったときの眩しいほどの笑顔もずっと遠くから見てきた。
見てきただけだった。
「…なんで針谷くんが決めちゃうの?」
ハッとして赤塚さんを見ると、彼女は俺をまっすぐ見つめていた。
きょとんとして何度か瞬きをする。
「…え?」
「まだ行くとも行かないとも言ってない」
彼女の正論に、俺はバツの悪い顔をしてしまった。
泰斗から彼女の飲み会出席率の悪さを聞いていたとはいえ、勝手に結論付けようとしたのはまずかったな。
ごめんと頭を下げる。
赤塚さんは慌てて俺の顔を上げさせる。
「謝らなくていいよ。今回は行ってみる」
「えっ、いいの?」
「…うん。針谷くんも出るんだったら私も出てみたい」
赤塚さんはにこりと笑って「楽しみにしてる」と言ってくれた。これで泰斗に残念なお知らせをしなくて済む。
もちろん俺も楽しみですよ!はい!
すっかり上機嫌になった俺は赤塚さんに続けて聞く。
「赤塚さんはなんで今まで飲み会出てなかったの?飲むの嫌い?」
「ううん。嫌いじゃないけど…雰囲気がちょっと苦手で」
まぁうちの飲み会メンバーを見てたらそうなるわな。
男はチャラいやつらばっかりだし女は派手めなやつしか来ないし。
なぜ今回来ようと思ったのかは聞かないことにした。
泰斗に聞かれたら適当に流そうと思う。
「でも、私は…」
赤塚さんが何かを言いかけた。
しかしその先は何を言っているのか分からない。
でも、彼女の頬がほんのり赤いのは見逃さなかった。
「あ…やっぱり何もないから…それじゃ、今日はお疲れさま!また金曜日にね」
それを隠すように、赤塚さんはいつもより早口で別れの挨拶を口にする。
「あ、あのっ!」
気づいたら赤塚さんの手を握っていた。
「こ、今度、俺とも一緒に、ふたりで出かけません…か?」
噛みそうになったのはかっこ悪いと思った。
歯はカチカチ鳴るし足は震えそうになるし目は半分泳いでるし。
でも、今言っておかないといつ言えるかなんて分からなかった。
「私は…」
赤塚さんは小さく小さく言葉を口にする。
返答を聞くのが怖い。
それでも俺の耳は正常で彼女の言葉を正しく拾う。
あのですね、もしも…もしもイエスをもらえたら。
俺、この子のこと狙ってもいいですか?
end
2011.05.15.