創作短編◆

□のっぽくんとのっぽさん
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大学のキャンパス内を自転車で駆け巡っていた阿部野は、前から歩いてくる学生の中で、とある人物を見つけた。
その人物は周りの学生より頭ひとつ分背が高く、人込みの中でも分かりやすい。
自転車のスピードを落とし、気づいてもらえるように少し大きな声で名前を呼ぶ。

「尾口くーん!」
「おー、久しぶり」

尾口は手を振って阿部野に笑いかけた。
阿部野と尾口は同じ学部の同回生だ。
所属しているサークルも同じなので、大学の中でもわりとよく話す間柄となっている。

尾口は自転車を止めた阿部野に問いかけた。

「何してんの?」
「キャンパスの取材中。さっき購買部に行ってきたの」
「へぇー。大変だな、学生広報って」
「大変だけど遣り甲斐あるよ。色んな人の話が聞けてタメになるし」

ぐっと親指を突き出す彼女の姿に尾口は笑いをこらえた。
悪気はないのだが、ちょっとした動作でも目の前の学生広報さんがするとなんだか妙におかしい。
笑わないでよ、と阿部野は尾口を睨む。
今は自転車に乗っているのでので見上げる形になっているが、この人に見下ろされる状況には陥りたくない、と尾口は思う。
阿部野の女子にしては高い身長とその切れ長の目は、ある意味とても威圧的だ。

「悪かった悪かった。そう睨むなって」

へろっと笑って尾口は両手を合わせる。
それを見て阿部野も視線を緩めた。

「ま、いっか。悪気はないんだろうし」
「うんうん、ないない」
「……ほんとかなぁ。…あ、そうだ」

阿部野は上着のポケットから小さな紙を取り出した。
少し黄色がかったそれは購買部の横にある喫茶店で使えるもの。
これがあれば、喫茶店でいくらかの値引きが利くという優れ物だ。

「これ、さっき購買部でもらってきたんだけど尾口くんにあげる」
「いいのか?」
「うん。私、あんまりあそこ使わないし」

阿部野は3枚ある券を尾口に差し出す。
尾口はそれを受け取りながら、

「阿部野はこの後なんかある?授業の話で聞きたいことあるんだけど、俺の友達みんな学校にいなくて」

困った顔をする。
阿部野は少し考え込んでから尾口を見た。

「いいけど…これから広報部に書類出しにいくつもりだったからそれからでもいい?」
「おう。喫茶店でなんか注文して待っとく」
「分かった。それじゃあ行ってくる」

阿部野は尾口に手を振ると自転車のペダルを踏んだ。
彼女が自転車を使っているのは自転車通学ということもあるが、このキャンパスが無駄に広いからだ。
今いる場所から広報部まで徒歩だと10分以上かかる。
学生たちの間をすいすいと抜けていく阿部野の後ろ姿を見ながら、尾口は黄色い券に目を落とした。

「何食おっかなー」

少しウキウキした足取りで長身男は喫茶店へと向かった。










阿部野が喫茶店に現れたのはそれからしばらくしてからのことだった。

「ごめんね、おまたせ」
「おう。なんか頼む?」
「うん」

尾口はすでにカフェラテをテーブルに置いている。
アイスティーを注文した阿部野は尾口に、

「尾口くんって背高いから見つけやすいね」
「いいことばっかじゃねーけどな」
「まあね。分かるよ」
「そういう阿部野も高いよな。身長いくら?」
「171センチ。尾口くんは?」
「189」
「大きいね」

阿部野に言われても嬉しくはない。

「俺さ、前に150センチくらいの子と付き合ってたんだけど、見上げるのが辛いって理由でフラれた。俺の方が辛いよ…」
「……さすがに約40センチ上はねぇ」

阿部野は尾口の頭頂部を見ながら言う。
ぴょんぴょんとアホ毛が跳ねていた。

「で?授業の話って?」
「あぁ、火曜2限の政経のやつなんだけど」
「てっちゃん先生のやつね」

鞄から指定図書とルーズリーフを取り出して尾口はテーブルに広げる。

「あの先生、自分の著書を生徒に買わせてボロ儲けしてるよな」
「うん」

阿倍野はなんの躊躇いもなく頷いた。










「またあのおっきいふたりかー」
「男も女もでかいね」
「少し身長くれないかな」
「同感」

阿倍野と尾口が現れた先でこんな会話がされるのはいつものことだ。
ただしふたりともそれには気づいていない。

今日ものっぽなふたりはお互いに目印を探している。



end

20110519


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