創作短編◆

□炭酸のあとに残るもの
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チチチチ、と鳥が鳴きながら飛んでいる。
夏都は額に垂れてくる長い前髪を鬱陶しそうに掻き上げて漫画の文字を追った。
放課後の教室から見える遠くまで晴れた空には雲ひとつない。
月並みな言葉だけど、こんな日はどこか遠くまで出かけたい。

しかし夏都にそんなことができるはずもなかった。
なぜなら隣の席で頭を悩ませている赤毛の男の世話をしなければいけないからだ。
長い間、国語の教科書とワーク相手に睨めっこをしていた彼は、観念したように夏都に顔を向けた。

「ナッツ、ここ、何?」
「何ってなんだよ。具体的に言えって」
「具体的?」
「詳しく言えってことだよ。どこが分かんねーの?」
「あー、ここ」

赤毛の男は夏都のクラスメイトでウィルバートという。
彼は去年の春からイギリスを旅立って夏都の家にホームステイしている。
つまり夏都はウィルバートと四六時中一緒にいることになる。

元気で明るいウィルバートがいると家の中が明るくなって嬉しいと夏都の母は言う。
海外に出張の多い父も、彼と話すことで語学力がつけば儲けもんだとばかりに夏都に世話を任せている。
しかし現実はそんなことなく、ウィルバートは日本語で日常生活を頑張ると決めたらしく、英語を話す機会はほとんどない。
それが勤勉な証拠なのか、ただたんに頑固なのかは分からない。





「ウィル、聞いてんのか?」
「うん、聞いてる聞いてる」

ウィルバートはこくこくと頷いた。夏都は彼のことをウィルと呼んでいる。
彼は『芳しい』の意味をそばの辞書で引きながら再びワークに戻る。
一時の役目を終えた夏都は再び漫画に目を戻した。
腕時計を見ると、よい子は家に帰りましょうな時間だった。
ウィルバートのワークが終わるまで傍にいるつもりだったが、意外と時間が経つのは早い。

漫画を置いてぐうっと背伸びをする。
あー、となんでもない声を出したときに喉の渇きを覚えた。
担任の教師からウィルバートの面倒を見るように言われてから、かれこれ1時間以上が経っている。
おまけにこの暑さだ。喉も渇く。

「暑いな。なんか飲み物買ってきてやる」
「やった!ありがと!」

満面の笑みを夏都に向けるウィルバートは目尻を柔らかく下げる。
なんでこうも外国の男って美形に見えるんだろうか。
そんなことをチラリと頭の片隅で考えて、夏都は小銭をポケットに入れて教室を出た。




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