企画◆
□あなたのうしろに
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音楽室の近くまで来ると小さな話し声が聞こえてきた。
どうやって中に入ろうかという話らしい。
音楽室には高価な楽器が置いてあるから防犯体制もしっかりして、授業や部活以外だと容易に入ることはできない。
これは私が吹奏楽をやっていたときに顧問の先生から聞いた情報なんだけど。
「なぁ、これって入るの無理なんじゃね?」
「ぽいな」
「あー、なんか一気にやる気なくした」
「俺も俺も」
どうやら中には入れないみたいだ。
まぁ、そりゃそうか。
「どっか、窓開いてねぇの?」
「ダメだな。全部鍵かかってる」
「おもんねー」
「会うよりマシじゃん」
ひとりは窓をガタガタと揺らし、またひとりは楽しくなさそうに廊下に座り込んだ。
幽霊に会ったら会ったで確実に面白いなんて感じなくなるはずだろうけど。
「ここ以外に出るところってないの?」
「えーと、さっき通った階段のとこにも出るらしい」
「何、そんなにたくさんいんの?」
「ひとり…って言っていいのかな。出るのは一体だけらしいぞ。学校中を移動するから目撃される場所はバラバラだってよ」
「うえー…じゃあ、いつのまにか心霊スポットに足を踏み入れたってこともあるんじゃねーの?」
「現に今がそうだからな」
「お前は霊感を今使うな!」
霊感があるらしい男子がさらりと言った言葉に他の三人が戦々恐々とする。
あの調子じゃ霊に会うことなんてできないんじゃないかな。
仮に会ったとしても、普通は余裕の態度なんかとれないと思うし…。
「さっきの階段」とやらに行くらしい彼らに見つからないよう、私は一足早く階段へ向かった。
階段の踊り場には卒業生からの寄贈品らしい姿見が壁にはめ込んである。
その中にあるのは普通の夜の学校で、特に怪しいものは映ってない。
私は再び物陰に隠れた。
ぱたぱたぱた、と足音が聞こえる。
ふと悪戯心が出た私は、
ガタン
と、物陰から音を立ててみた。
「ちょ、今なんか音しなかった!?」
「聞こえた聞こえた!」
「下の方からだな」
「ぎゃー!お前行くの!?」
「幻だといいんだけど…!」
例の霊感があるらしい男子がこちらに駆け寄ってくる。他の三人は階段の上から恐々とこちらを見ている。
ひとりやってきた廊下に転がったバケツを見て息を吐いた。
「…なんだ。バケツだよ、バケツ」
「バケツ?」
「掃除用具入れの傍にあった奴が倒れたっぽい」
「なーんだ」
「驚かすなよ、もー」
がやがやと騒ぎながら彼らは階段を降りてくる。
「ったく、バケツ程度で驚かせんなよな」
そして彼は唐突に私の方向を向いた。
「な、幽霊さん」
私が幽霊の噂を知らないのは自分を霊だと認めていないから。
鏡の中に夜の校舎しかないのは私が映らないから。
私の行動に歩くという描写ができないのは足がないから。
そんなこと、とっくに気付いていた。
「夏の幻…だったらよかったのに」
〔fin.〕
企画サイト「0.3ミリ」様への
提出作品。
2011.08.01.