創作短編◆

□ありがとうの5秒はさよならの5秒よりも
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高校からの帰り道、ジジジと蝉が鳴いている中、僕と寧々は水色のアイスをかじりながら道を歩いていた。
ふと、3歩先を進んでいた寧々が喫茶店のショーウィンドウに近づく。

「ぎゃっ!おいしそう!」
「……ぎゃってなんだ、ぎゃって。全然おいしそうに聞こえねーよ」
「う…ごめん。思わず出ちゃったんだし…」

アイスの棒を歯でかじりながら寧々はウィンドウの中のチョコレートパフェをしげしげと見ている。
そして笑顔で僕を振り返る。

「ねえ、宗くん」
「いくらだ」
「598円」
「一緒のやつ、食う」
「おごってくんないの」
「……帰る」
「ああぁぁ待って待って!」

汗で湿ったシャツを後ろから思い切り引っ張られる。首が締まってぐえってなった。
「おごんなくてもいいから…ね?」と、様子を伺うような顔で寧々は僕を見上げる。
「仕方ねーな」とちょっと作った笑顔がばれないように、僕は喫茶店の扉を開けた。
ベルがカラカラと鳴った。

「んー、おいしー!」

これ以上の幸せの表情なんて地球上にはないんじゃないか、っていうくらいの蕩けた顔で寧々はチョコレートパフェを頬張った。
僕はてっぺんに乗っていたサクランボを口の中に入れ、しばらくもぞもぞ動かした後吐き出す。蔓の部分が結ばれたそれを見て寧々が目を丸くした。

「すごい!どうやってやるの?」
「お前にはわかるはずねーよ。できるひとはできるんだから」
「へぇー、私はできないね。才能がないからさ!」

才能なんて言葉をこんなところで使ってしまっていいんだろうか。
というか、くだらないことに才能を使ってしまった気分になってしまった僕はどうすれば。

「才能もないし、明日の予定もないし、私はないないだらけよー」

スプーンをパフェに突っ込みながら寧々が呟く。
一気にローテンションになったのはなぜだろう。サクランボが原因でないのは確かだろうけど。
「笑っときゃなんとかなるだろ」と言えば、器の中でマーブル状になったチョコレートをかき混ぜながら寧々は「そうかなぁ」なんて言う。
人間、笑っていればなんとかなる。ならないときでもなると思う。思い込む。これは僕の持論。

「お前は常にエンジンふかしときゃいいんだよ。いつでもどっか行けるだろ」
「飛行機みたいに?」
「いや、飛行機かどうかは知らないけど…なんで飛行機なんだ?」
「今、窓の外に見えたから」

寧々が首を曲げて窓の外を見れば、青い空のど真ん中を白色の飛行機が飛んでいくのが見えた。
近くに飛行場があるので、そこから離陸したみたいだ。

「私も飛行機になって外国にびゅーんって飛んでいきたいな」
「飛行機だと観光はできないぞ。あと、離陸と着陸は滑走路の状態にもよる」
「分かってるよ!宗くんはほんと夢がないね、ばーか!」

どうやらこいつは喧嘩を売りたいらしい。
僕の顔が引きつったのを見て寧々の顔も引きつったけどもう遅い。





喫茶店を後にして、僕と寧々は帰路に着く。
幼馴染といっても家は隣同士ではない。正確に言うと小さい頃からの学区が同じだけだ。
寧々の家は僕の家よりも山のほうにあって広くて大きい。庶民生まれの庶民育ちの僕と違って彼女は僕より少しだけ裕福だ。

「見て見て!すごくない?」

今度は僕の3歩後ろを歩いていた寧々が突如声を上げる。
何かと思って振り返ると、道路の縁石の上を歩いている姿が目に入った。お前は小学生か!

「目、瞑ってるの。バランス取るの上手くなったの!」
「あー、ハイハイ、ソウデスネ」
「うわ、腹立つ!」

あからさまにやる気のない僕の声を聞いて、寧々はつまらなさそうに縁石から降りた。
バランス感覚はすごいけど、見てて危なっかしいので正直そのほうがありがたい。

『ずっと傍にいるし、寧々のこと好きなんだろ』

そんなことを笑いながら言われたのはどれくらい前だろう。
お前は僕の何を知ってるんだ、と問いたくなる。
ぶっちゃけて言えば、今も隣にいる彼女のことをそんな風に思ったことは一度もない。
僕らは幼稚園からずっと同じ学校で一介に言う幼馴染だけど、その微妙な線からどちらも動こうとしていない。
好きだとか嫌いだとかの概念じゃなく、気付いたらいつもこいつは近くにいるなという感じ。近すぎる距離のせいか、特別なことは思わない。




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