企画◆

□泡沫ミニアチュール
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ごめ……のど、痛い
age・13



今年の春、あかりは私立の女子中学校を受験して無事に合格した。
周りはみんな大人っぽい子ばかりで少し肩身が狭かったが、あかりと同じように受験してきた子たちとは仲良くなることができた。

去年、利人と仲直りというほどでもない仲直りをして以来、時々連絡を取り合うようになっている。
そして今年の夏も恒例の帰省。
今回あかりはなんとなく自主的に「渋原さんち」に行こうと思った。
ここ二年でお馴染みになった道を歩きながら日傘をくるりと回す。

「あかりが利人くんと仲良くなってくれて嬉しいよ」

そう言って祖母はあかり用の日傘を買ってくれた。





「……こんにちはー」

利人の家に向かって声をかける。
中に人がいなかったらまた出向かなきゃいけないかな、とあかりは日傘の模様を見ながら思う。
しん、とした家からはなんの物音も聞こえてこない。どうやら本当に誰もいないようだ。

「どうしよう…」

少し眉を下げたあかりはきょろきょろとあたりを見回す。
来た道の先には何があるんだろう。もしかしたら利人がいるかもしれない。
そう思ったあかりは再び日傘をくるりと回してまっすぐ続く道を歩き出した。





しばらく歩いていると、土手の下でサッカーをしている男の子達が見える。
あかりの視線はその内のひとりに目が行った。

「と、利人くん!」
「ん?……あ!あかりちゃ…」
「おい、ちょお待てトシ、あれ誰なん?」
「まさか彼女?」
「ちょ、あの子めっちゃかわいいぞ」
「うわ、ほんまな!」
「嘘やろ、トシに先越されるて!!」
「うるさいわ、アホが!」

利人はわあわあ騒ぐ友達を怒鳴る。
どうやら面倒くさいことになってしまったようだ。頬をが引きつらせたあかりはじりじりと後退する。

「そこおって!」

ビシッと指であかりをさし、利人は傍に転がっていたサッカーボールを拾い上げて勢いよく土手を登り始める。

「トシ、ボール取んなや!」
「これ俺のやつやろが!」
「待てー!ひとりだけ抜け駆けずるいわ!」

利人があかりの傍に来る前に、サッカー少年達は騒ぎながらこちらに向かってきた。
ひいっと変な声が出たあかりの手を掴み、利人は逃げろ!と走り始める。
その時にチラリとあかりの足元を見る。

「靴、大丈夫?」
「う、うん。ぺたんこ靴だから」
「よし、ならええ」

言うが早いか利人はスピードを上げた。
引っ張られる形で走っているので転ばないよう必死になるあかりと違い、利人は目的地があるように足を回転させる。
逃避行、という言葉があかりの頭に浮かんで消えていった。










「この先、神社の境内に隠れとき!」

肩で息をしながら利人は林の中に続く道を指差す。
俺もすぐ行くから、と利人はひとり別の道を走り出した。
取り残されたあかりは深く考えることもないまま神社の境内に入る。陽が当たらない場所に来るだけで一気に涼しい気分になった。
ジイジイと鳴く蝉が聴覚を攻撃してくる。
周りを見ると、まるで生きているように、何かを警告するように林が風に揺れた。
走ったときとは違う種類の汗があかりの背中を伝う。

「利人…くん」

思わず呟いた名前は、思っていた以上にか細い声になって唇から零れた。

かあ、とカラスが鳴いた。
利人はきっとすぐに帰ってくる。私ひとりを置いて帰るなんてことはないはずだ。
あかりは顔を俯けて心の中でそう念じる。
ここがどこか分からないのに。どうやって家まで帰ればいいか分からないのに。
収まり始めていた心臓が嫌な意味で鼓動を打つ。

どれくらいの間そうしていただろうか。
がり、と境内の砂利を踏む音がした。

「おまたせ」
「……どこ行ってたの」
「ラムネ買いに行ってた」
「それだったらそう言ってよ」

妙に能天気な利人はラムネをふたつ持ってあかりの横に座る。

「また泣いてたんか」
「違う」

いらない誤解をさせないように、あかりは利人を強く睨んだ。
そして手渡されたラムネの蓋を開け勢いよく煽る。

「……けほっ」

思いのほか強かった炭酸に喉が痛くなる。走ったあとにこれはキツい。

「前あげたやつと違うから炭酸キツいかもしれん」
「……別に大丈夫だけど」

強がりだってのはバレていたと思うけど、それでもあかりは瓶を手放さなかった。
妙な意地は残ったままだ。
そんなあかりを横目で見ながら利人はふうっと息を吐く。

「……今年も来てくれたんな」
「なんで?」
「中学生になったらもうこんなとこ来てくれんって思ってたから」

利人の台詞には言い様のない自虐が含まれていた。
しかしそれを感じたのは一瞬で、あいつらに追いかけられて怖かったろ、と利人は憎らしげに友達の話をする。

「あーあ、これからまためんどいこと聞かれるんやろなぁ」
「え?」
「あかりちゃんのこと、野瀬のばあちゃんの孫ってちゃんと説明せなあかん」

あいつら話聞かんから、と愚痴をこぼす利人がなんだかおかしくて、あかりは喉の痛みも忘れて肩を震わせた。



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