企画◆

□泡沫ミニアチュール
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残りをあなたに
age・14



「おじちゃん、あかりちゃん、いらっしゃーい!」
「…………ここ、私のおばあちゃんの家なんだけど」
「うん、野瀬のばあちゃんにお呼ばれしたんよ!」

中学二年の夏、あかりが祖母の家へ行くと、なぜか当たり前のように利人が出迎えてくれた。
父との里帰りの瞬間を見られるのは妙に気恥ずかしい。

「利人くん、久しぶり。背、伸びたね」
「お久しぶりっす、おじちゃん!今年に入ってから十センチ伸びたんよー」

あかりの父の荷物運びを手伝う利人の身長は去年よりも高くなっていた。
百七十センチくらいあるだろうか。百五十センチちょっとしかないあかりは利人を見上げないといけなくなっていた。
三年前は同じくらいだったのに成長期とは恐ろしい。
ボストンバッグを軽々と担いで利人は中へ入っていく。玄関に佇んだままのあかりと父はその後姿を見送る。
父はふっと息を吐いてあかりを見た。

「あかりは利人くんの前だと大人しいな」
「そんなつもりはないけど…」
「利人くん、すっかり格好良くなってるなぁ。あかり、あれだけ格好良かったらモテモテだぞー!誰かに取られちゃうぞー!」
「変なこと言わないで!」

あかりは父のみぞおちに拳を叩き込むとさっさと家の中へ入っていった。
腹を押さえた父が祖母の前に現れたのはその十分後だった。





「ごちそうさまでした!」
「利人くんはよく食べるねぇ」
「大人になったら一緒に酒が飲みたいな!」
「おじちゃん、俺も飲みたいわぁー」

祖母とあかりは大量の皿を片付け、酒の回った父は利人に絡み出した。
扇風機の前で仲良く宇宙人の真似をするふたりを横目で見てあかりはため息を吐く。
祖母は台所で食器を洗いながらニコニコと笑っていた。
あかりは食器を拭いてから棚に戻し、扇風機ではしゃぐ男ふたりを見て言った。

「ていうか、なんで利人くんを呼んだの?会うのは明日でも良かったのに」
「あかりも会ったことあると思うけど、利人くんは美千代さん――おばあちゃんと一緒に住んでてね。今日美千代さんは用事で家にいないんだよ」
「でも、ひとりで留守番くらいできるんじゃない?」
「そうかもしれないけどね。やっぱりひとりって寂しいのよ。おじいちゃんはずっと昔に亡くなってるし、利人くんはお父さんとお母さんとも離れて暮らしてるからね」

祖母が続けた国の名前をあかりは聞いたことがなかった。
息は吸い込まれたまま、言葉は何ひとつ出てこない。
確かに利人の家に行っても出てくるのはおばあちゃんか利人本人だけだ。
あかりは父と暮らしていて、母だって会える場所に住んでいる。利人にも両親はいるけど、どう考えてもすぐに会える距離じゃないことは分かった。

黙ってしまったあかりを覗き込み、祖母は冷蔵庫から冷えたラムネを取り出した。

「利人くんと飲んでおいで」

無言で頷いたあかりは瓶をふたつ持って台所を出る。
利人くん、と声をかけてラムネを持ったまま縁側を指差した。了解の丸を指で作った利人はあかりの父に向かって笑いかける。

「おじちゃん、ラムネ飲んでくるからまたあとでね」
「おお?俺のラムネはないのか?」
「浩輔の分はこっちだよ」

なおも利人に絡む父に祖母が声をかける。浩輔とは父の名前だ。
あかりに向かって茶目っ気たっぷりのウインクをした祖母は大瓶のラムネを机の上に置いた。
父がそれに気を取られているうちに、あかりと利人は縁側に移動して腰を下ろす。なぜかふたりとも体育座りだった。
利人がラムネの蓋を開けて瓶を煽る。からん、とビー玉が転がる音がした。

「ばあちゃんのご飯おいしかったな」
「おばあちゃんの料理、私も好きだよ」

あかりも瓶を煽って言葉を返す。
ちらりと利人を見ると去年より随分と大人っぽくなっている。祖母から話を聞いた後なので心の中がむずむずする。

「残り、あげる」
「え?いらんの?」
「お腹いっぱいだから」

半分ほど残ったラムネを差し出しても利人はそれを受け取らなかった。
利人は曲げた膝の上に肘を置いて両手で口元を覆っている。困ったように下がる眉と少しだけ赤くなった頬。目はきょろきょろとしていた。

「……えっと、その、それ飲んだら…か、間接ちゅーになるんやないかな」

利人の言葉にあかりはぽかんとしたが、意味を理解した瞬間に頬が燃えるように熱くなった。まさか利人にそんなことを言われるとは。
差し出したままの瓶を引っ込めるにも引っ込められずにいると、

「あかり、いらないんだったら父さんがもらうぞー!」
「きゃー!やめてー!!」

突如湧いて出た父に瓶を引ったくられた。
血相を変えてその瓶を取り返そうとするあかりの上を、ひゅん、と腕が通る。

「おじちゃん、これ、俺がもらうやつな」

父の手から抜け出した瓶は利人の手に収まった。
ええよな、とあかりに問いかけ、利人はラムネをからんと振る。
あかりが頷くのを見て、利人ははにかんだ笑いを浮かべた。



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