企画◆

□三原色の魔女
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あるところに赤銅色の瞳を持った魔女がいました。

彼女の傍にはふたりの魔女がいました。
彼女たちは三つ並んだ家に住んでいました。
三人の中でもよく働くのは赤銅色の魔女と青海色の瞳を持った魔女でした。
働き者の二人に挟まれて暮らしている黄金色の瞳を持つ魔女は、自分の仕事を少しだけして、あとはずっとふたりの仕事を眺めています。

赤銅色の魔女は嫌われ者でした。

彼女が働くと、人々は眉をひそめます。
彼女が働くと、人々は舌打ちをします。
彼女が働くと、人々は溜息をつきます。
しかし、彼女が働かないと人々の生活が成り立たなくなってしまうので、人々は彼女が働くことを渋々承知していました。



魔女は自分が嫌われていることを嫌というほど知っていました。
そのことは、仕事をするたびに叫び出しそうになるほど嫌でした。
なので、最近は耳を塞いで薄目を開けて仕事をするようになりました。
しかし魔女が薄目になると、それはそれで仕事に支障が出てしまうと黄金色の魔女に言われたので目を開ける大きさだけは元に戻しました。
耳は相変わらず塞いだままです。
青海色の魔女は涼しげな瞳を揺らして、相変わらずねぇ、とふたりを見ました。

「かぁちゃんが仕事してくれないと、おぉちゃんもきぃちゃんも仕事できないよー。嫌なのは仕方ないけど頑張ってもらわないと」
「そらぁそうだけど……でもどうしろ言うんじゃ、あたしに全部やれって言うんかー!」
「どうってねぇ」
「ねー」
「うるっせー!あんたらも早く仕事しろー!ほら、青の番だよ!」

こんなんもんだろ、と青海色の魔女にバトンパスをした赤銅色の魔女はギャイギャイわめきます。
うるさいなぁ、と青海色の魔女は窓から身を乗り出して仕事を始めました。
黄金色の魔女は、お疲れさま、と赤銅色の魔女を慰めます。



はぁ、とため息をついた赤銅色の魔女は自分の過去を思い返します。
新しい家をもらったことがとても嬉しくて、すぐに仕事を始めたことを思い出しました。
でも、人々は赤銅色の魔女にだけ冷たい目を向けます。
青海色の魔女にはにこにこと、黄金色の魔女には少し焦った態度で接するのに対して、赤銅色の魔女だけはみんなに温かくされたことがありませんでした。

「なんであたしだけこうなんだろうなぁ」

魔女はもう一度ため息をつきました。

「ほら、かぁちゃん!出番だよ!」

黄金色の魔女の元気な声が耳に届きます。
はいはい、と重い腰を上げた魔女は窓から外を見ました。



彼女たちの仕事は一日中あります。
朝も昼も夜も関係ありません。
夜だけは人々の往来が少なくなるので仕事量は減ります。
その間、魔女たちは思い思いのことをして過ごすのですが、それも次の日の朝までです。
今の三人には休憩の時間がありますが、もっと忙しいところに住んでいる魔女たちには休憩の時間すらありません。
三日三晩寝ることなく仕事をしなくてはいけないときもあるらしいのです。

もとより、魔女たちは寝なくても生きていけるものでした。
しかし近年になって年老いた魔女たちが仕事のトラブルを多発させてしまうことから、彼女たちにも休息が必要だという動きが起こり、以前よりは規則が緩くなりました。
このあたりは人間と同じかもしれません。



「かぁちゃんは働き者だからねぇ」と黄金色の魔女は言います。
「無理して倒れるのだけはやめなさいね。私たちが困るから」と青海色の魔女は言います。

赤銅色の魔女は少し虚ろな気持ちで仕事をしていました。
時刻はもう夕暮れ時です。
昼の疲れがきたのか、一瞬意識が途切れそうになります。
ふと、そこで視線を感じました。

ひとりの幼い少年が魔女を見ています。

その目には不満も不平もありませんでした。
ただ、わくわくした顔で魔女を見ています。
魔女は不思議に思いました。
赤銅色の魔女の仕事のせいで彼は今足止めをくらっています。
なぜ、彼はこんなにも素晴らしい顔をしているのでしょうか。

彼の傍にいた少女が彼に尋ねるのが見えました。

「どうしてそんなに嬉しそうな顔をしているの?」
「この待つ時間が楽しいんだ!家に帰って何をしようか考えることができるから!」

赤銅色の魔女は青海色の魔女に仕事を渡します。
少年はにっこり笑って道を駆け出しました。
それはいつも嫌われている彼女に向けて放たれた笑顔でした。

少しだけ、ほんの少しだけ、赤銅色の魔女は後ろを向いて目元を拭いました。




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