企画◆

□上司と部下と探し物
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白黒の写真の中に猫が一匹。
その動物は今にも写真の中で動き出しそうな躍動感に溢れていた。
写真から顔を上げた始鞠は面倒くさそうな顔をする。

「この猫がどうかしたんですかー」
「探し出せ」
「マジでー?」
「マジで」
「ヒントがこれだけって無理でしょー!せめてカラー印刷にしてー!」
「うっせえ!文句垂れてる暇があったらとっとと探しに行きやがれ!」

怒鳴られてようやく始鞠は立ち上がった。
そして上司の尾張を見る。

「帰ったらゼリー奢ってくださいねー」
「却下」
「じゃあ行くのやめるー」
「……味は?」
「ナタデココマンゴー」
「くそう…地味に高いの頼みやがって…」
「そんじゃ、行ってきますー」

ナタデココマンゴーゼリーの食感を思い出して、始鞠はうきうきしながら事務所の扉を開けた。





はじまりとおわり。
これだけでふたりの人物を思い浮かべられる人は少ない。

尾張探偵事務所の所長である尾張良太は狭い道を行く始鞠空乃を窓から見下ろした。
始鞠の短く揃えた髪が肩口で揺れている。
細い路地の先まで行くと、彼女は一瞬だけ事務所を見上げた。
そして尾張に見えるように手を大きく振る。
それに振り返すこともなくじっと姿を見ていると、彼女は何事もなかったかのように角を曲がっていった。



「はじまりそらの、ですー」と自己紹介されたときは、ふざけてんのか?と思ったくらいだ。
看板も盛大に傾いた探偵事務所にアルバイトの履歴書を持って現れた始鞠と対面したのはどれくらい前だろう。
一年前かもしれないし三年前かもしれないし五年前かもしれない。
事務所兼自宅にこもりっきりで時間の感覚がいまいち分からない尾張にとって、それは至極どうでもいいことだった。
実際、事務所のカレンダーは一年前のものだ。

みんな尾張の姿を見ていつのまにか辞めていく。
変人、理屈屋、感情的、口が悪い、気持ち悪い。
その理由は色々あったが、やはり尾張は気にしない。
人がいなくなれば雇えばいいだけだから。
と言っても、こんな探偵事務所に来る依頼は迷子の犬猫探しや浮気調査などがほとんど。
漫画やドラマみたいな大事件の片棒なんて担げない。
それでも、時たまに助手の募集をかければ何を思ったのか人数は集まるわけで。

「あーあ、めんどくせぇ」

尾張はモノクロ写真に収まっている猫に視線を落とした。
なぜか依頼者はカラー写真ではなく白黒写真を渡してきた。
写真では分からない毛色や特徴はメモしてあるので問題ないが、今度から「依頼写真はカラーで」と釘を打っておこう。
猫探しばかりさせやがって。猫はもう見飽きた。
尾張はため息をついてデスクに戻る。

そのとき、くたびれたスーツのポケットに入った携帯電話が鳴った。
無機質な着信音を無造作に消して口を開く。

『見つけましたよー』
「相変わらず早いな」
『えっへん。見つけただけなのでこれから捕獲しますー。ナタデココマンゴー、よろしくですー』
「分かった分かった」

捜索の天才にかかれば迷い猫なぞあっというまに見つかる。
尾張は、始鞠が動物や草花と会話ができるのではないか、となかば本気で考えていた。
始鞠のネットワークは目玉が飛び出るくらい広い。

「……買ってくるか」

諦めの境地に達した尾張はナタデココマンゴーゼリーを買うために再び立ち上がり、大きく伸びをした。

色彩を失った猫が写真の中で彼の背中を見つめていた。



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