企画◆

□変態疑似彼氏
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私の人生はとてもイージーモードだ。
両親の仲も良いし妹ともよく遊びに行くし彼氏だっていた。
スポーツも一定水準以上は楽にこなせたし特に努力をすることもなく学校の成績も良かった。

ただ一点、目の前でコーヒーの表面張力を凝視している男と出会ってしまったこと以外は。

「ちょ、味原さん、これすごいって。めっちゃぷるぷるしてる!」
「あー、はいそうね」
「味原さんのほっぺには負けるけどね!」
「気持ち悪いからやめなさい」

極悪面で返しても、やつはだらしない顔を崩さない。
いや、だらしないのだから元から崩れていると言うべきなのかな。
あぁ、もういいや。面倒くさい。



表面張力に感動している男の名前は井ノ原。
邪神のお導きか、私の名である味原とやつの名である井ノ原では、高校の出席番号と席順が前後だった。
最初は普通の高校生だったのに、徐々に表れてきた本性が途轍もなくアレで。
高校を卒業して、同じ大学に入学してるよとわめきながら抱きつかれたときは卒倒しそうになった。
セクシャルハラスメントなんて生やさしい言葉ではこいつの盾は崩せない。崩せるような矛があればとっくに発動してる。

大学の友人たちは「友達をやめた方がいい」と、こぞって助言してくれるけど、そもそもこいつとは友達になった覚えすらない。
「味原さんっていうの?俺、井ノ原。一年間よろしくね」「うん、よろしく」「中学校どこ?」「えっとねー」こんな会話を交わしたことが懐かし

い。
しかもこれだけじゃ友達なんて呼べないだろう。
一方的に迫られている状態がかなりの期間続いていると言った方が合っているかもしれない。



今日は午前で授業が終わって、特に用事もなかったからぶらぶら遊んで帰ろうと思っていた。
しかし校門を出たところで待ち伏せされていた。
なぜ私のスケジュールを把握しているのか疑問だけど、そのへんはもうどうでもいい。
下手したら身の毛もよだつ返事が返ってきそうで聞くことすらためらってしまう。
井ノ原の話をさんざん聞いていた友人たちは「じゃあね!」とすさまじいスピードで姿を消した。
一緒に服屋さんを見に行くって言ってたのはどこのどいつだ、と誰もいない石畳の上で立ち尽くしたのは今から一時間くらい前。

現在、私と井ノ原は駅前のドーナツ屋さんのテーブルで向かい合って食事をしている。
甘党の私たちにとってお昼ご飯はこれで十分だった。井ノ原が足りるかどうかは分からないけど。



「ほんでさー、この前先生がね」
「―――え、あ、ごめん、聞いてなかった」
「お?珍しい。ぼーっとしてるの」
「あぁ、うん」
「もしかして俺の魅力に、」
「何も感じんわ」

スパッと語尾を切り落とせば、井ノ原はにいっと歯を剥き出して笑った。
この独特の笑い方は高校生の時から変わらない。

私は井ノ原から目を反らし、ミルクティーに手を伸ばした。
視線を下げると井ノ原のトレイの上に置かれたチョコレート味の物体は何も言わずに鎮座していた。そこにはくっきりと歯型がついている。
視線を戻すと、やつはそれとは別にオレンジ風味のドーナツをもぐもぐと食べていた。
私は薄く濁ったクリーム色を一口飲んで、唇を舐めた。

「あんたさ」
「なんぞ」
「男の友達はいないの?」
「なんすか、いきなり」

口の端に砂糖の粉をつけたまま井ノ原はぽかんとした。

「だから、男友達はいないの?」
「え、いるけど。なんで?」
「ひとりでいるところしか見ないから」
「あぁ、そういうこと」

なるほど、とひとり納得したように井ノ原が頷く。

「複雑に言うと、友達と授業が違ってて暇なときに味原さんに会いに来てる」
「単純に言うと?」
「ひとりが寂しい」
「……あぁ、そう」

一瞬、かわいいとこもあるなと思ってしまったじゃないの、おバカ。



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