創作短編◆

□金環日食
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今日は金環日食があるらしい。

父さんは朝からそわそわしていた。
いつもより早い時間の電車に乗ると言って、まだ寝ぼけている私と母さんを残して出ていった。
たぶん会社の人たちと一緒に見るんじゃないかな。
天文学に詳しい人がいるから話を聞きながら観測するんだーって昨日の夕食の時に言ってたし。
そこまで関心のない母さんと私はなんとなく相槌を打っていた。

でも、それは昨日の話だ。
朝、テレビをつけたらどのチャンネルでも金環日食の話をしている。
時刻は午前七時。すでに太陽が欠け始めた地域もあるらしい。
薄かった興味もここまでプッシュされるとだんだん気になってくる。

「母さん、日食メガネあったっけ?」
「お父さんが買ってきたやつが余ってたと思うけど。悠子も見るつもり?」
「テレビでこんだけやってたら気になるじゃん」
「そーねー。確かこのへんに置いてたはずなんだけど…あぁ、あった。はい、メガネ」
「ありがとう!」

私は寝間着の上にジャージを羽織って庭に出る。中学校のセーラー服なんて重いものは着ていかない。

わあ、もう周りが明るい。光が黄色い。
テレビで言っていたように、まずはメガネを目に当てる。真っ暗で何も見えない。
それから太陽光の方を見る。肝心の太陽がどこにあるのか探すのにちょっと手間取ったけど視界の端に黒いものがチラッと写った。

「あ!」

ほんの少しだけ右側が欠けた太陽が見えた。
勢いでメガネを外しそうになったけど我慢。
裸眼で見たら目を痛めるって聞いたし。それよりまずすごく眩しいし。
私はメガネをかけたままじりじりと日陰に移動する。
完全な影に来たところでようやくメガネを外す。ぱっと視界が開けた。
よし、母さんに報告しよう。

「母さん、日食見れたよ!」
「あら、ほんとに?」
「ちょっとだけ欠けてるの見えたよ。綺麗な輪になるのはもう少し後っぽい」
「そうなの。お母さんも見てみようかしら」
「びっくりするよ」

なんだかんだ言ってミーハーな母さんはにこにこしながら私についてくる。
母さんにメガネを渡して、私がさっきやったやり方で太陽を見てもらう。

「あら、綺麗に欠けてるじゃない」
「でしょ!」
「あと半分ちょっとかしら」
「えっ、もうそんな形?見せて!」

メガネを受け取って見ると、さっきより侵食が大きくなっている。
よく分かんないけどなんかすごい。
日陰に戻った母さんに声をかけようとしたとき、

「悠ちゃーん!」
「隼人くん?」
「ねえ、日食見れてる?」
「うん、半分くらい欠けてる」
「ほんと?メガネ持ってんのなら貸して!」

すでに中学校の学ランを着た隼人くんが家の垣根の向こうから顔を出した。
母さんは朝食の支度をするからって言って家の中に戻ってしまった。
私は影の中で隼人くんを待つ。
律儀に「おじゃましまーす」て声をかけて敷地内に入ってきた隼人くんに日食メガネを渡しながら気になったことを聞いた。

「自分ちで見ればいいじゃん」
「俺んちの周り、日陰ばっかだもん」
「確かマンションに囲まれてるんだっけ?」
「そう。日当たりも悪い」

ぐちぐち言いながら隼人くんはメガネをかけた。
途端に、笑顔がぶわっと溢れる。

「わー、すっげー!欠けてる!悠ちゃんもこれ見たの?」
「うん」
「そっかー。うわー、すっげー」

日食メガネをかけたまま、隼人くんは同じことばかり言っている。
そしたら、そのままメガネを外そうとしたので慌ててその手を止める。

「網膜焼けるよ」
「マジかよ」
「噂だけど」
「噂かよ」

私もよく知らないよ。さっきテレビで言ってたことだよ。
その言葉を信じたのか信じてないのかいまいち分からなかったけど、隼人くんはメガネをかけたまま日陰に戻ってきた。

「すごかった、ありがとう」
「最後まで見ないの?」
「七時半から部活の朝練があるんだ」
「そっか」

私にメガネを返しながら、隼人くんは通学鞄を背負い直した。

「それじゃ、また学校で」
「うん。朝練頑張ってね」
「おー」

ぱたぱたと手を振って、隼人くんは通学路を走っていった。



結局私は七時半まで空を見て、綺麗に繋がった太陽を母さんと見た。
じりじり現れていく輪を見るのは初めてで、なんだか不思議な感じがした。
しばらくそのままでいたら、またゆっくりと繋ぎ目が消えていく。

よし、私もそろそろ準備しなくちゃ。
これを見れた人はどれくらいいるんだろう。
もし生きている間にまた見れたらいいな。



end

20120521

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