企画◆

□山羊といっしょ
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謎の山羊が現れてから、やつはところ構わず俺の前へ出てくるようになった。
うざいと言えば「うざくて結構!」、消えろと言えば「嫌です!」、しつこいと言えば「仕事ですから!」と、まるで反射のように返事をしてくる。
鬱陶しいったらありゃしない。
しかもタチの悪いことに、フィクションの世界にありがちな「俺以外には見えない仕組み」らしい。

だから、大学の構内を歩く俺の後ろを山羊がぽてぽてとついてくることなんて誰も知らない。
だから、講義中に山羊が俺の膝に乗っかって一緒に話を聞いていることなんて誰も知らない。
だから、バイト終わりに周りを確認すると山羊が雪の上で遊んでいることなんて誰も知らない。
だから、大人数のカラオケのとき勝手に「メリーさんの羊」がリクエストされていたことなんて誰も知らない。
最後については「山羊じゃねえのかよ」って突っ込んじまったけど。

「お前ほんとに俺の一番をもらいにきたの?」
「何度も言ってるじゃありませんか、ちょうだいするまで帰らないと!」
「へーへー」

今日もバイトを終えて外に出れば例の山羊が待っていた。
夜も更け、街灯の少ない街にこいつはいつのまにか現れ、いつのまにかいなくなる。
決して俺の邪魔をすることなく俺の後をついてくる。

「あのさー」
「なんでしょう?」
「俺が一番をお前にやるって言葉にしない限り、お前は帰らないんだろ?」
「はい」
「お前いつまでたっても帰らんないぜ?俺、言う気ねーもん」
「分かりませんよ、ぽろっと言ってしまうかもしれませんし!」
「ぜーったい言わねえ」

はぁっと息を吐けば白い煙が口から上がる。
寒い季節になってきた。

「そーいや、お前って飯とかどうしてんの?なんか食ってるところ見たことないんだけど」
「そうでしたか」
「この前実家から野菜もらったから、それぐらいなら分けてやれるけど」
「いえ、人間の食事はわたしたちには必要ありません」
「あ、そうなの」
「地獄に帰れば美味しい『ご飯』が待っていますから」

「ご飯」のところで山羊の顔がニヤーッと笑う。
うげ。なんか嫌な予感がする。
悪魔の食事なんだからきっとえげつないもの食ってんだろうな。

「……一応聞くけど、何食ってんの?」
「豆腐です」
「は?」
「豆腐です」
「豆腐?あの白い?」
「はい。とても美味しいです!」

悪魔の手先の食事は、まさかのお豆腐だった。





寮に帰ると先輩がベッドの上でゴロゴロしていた。

「おかえりー」
「うっス」

寮室のドアを開けた隙に、山羊はサッと中へ入り込み俺のベッドの傍に立つ。
二人部屋なので、一人のときみたいに山羊を邪険にしていると先輩に変な目で見られそうなので迂闊なことはできない。
俺は携帯のメール画面に「今日はもう諦めろ」とだけ打つと、さりげなく山羊に見えるようにする。
すると山羊は「分かりました!明日また伺います!」と、先輩には聞こえない甲高い声を上げた。
またさりげなくドアを開けると山羊はトコトコと廊下を歩いていく。

最近、毎日これだ。
朝起きて顔を洗いに洗面所へ行けばその途中にいる。
大学の講義中でも教室にいる。
バイトが終わると夜道にいる。
俺の「一番」を奪いに来るくせに、俺の口から言わない限り律儀に待ち続けやがる。
悪魔の手先ならもっと強引に来るもんじゃねえの?普通は。

きっと明日もドアを開ければそこにいるんだろう。
俺だけにしか見えない姿のままで、そこにいるんだろう。



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