企画◆

□山羊といっしょ
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またしばらくして、本格的に寒波厳しい冬になった。
俺は鼻をすすりながらバイト先から寮に帰る。
コートを着てマフラーを巻いて帽子を被って手袋をして完全防備完了。
いまだに山羊は俺の後をついてきていて、薄く積もった雪に蹄をたてる。

「お前さー、そのままで寒くねーの?」
「大丈夫です!わたしは悪魔であり人間ではないので寒いという感覚が理解できませんから」

てくてくと追ってくる山羊の足元には蹄の跡がない。
雪を踏んでいるように見えても、他人から見えないしそこにいるわけでもないから当たり前なのかもしれない。

俺は公園の傍に置いてある自動販売機でホットコーヒーのボタンを押す。がたん、と音がして熱い缶が落ちてきた。
それを持って冷たいベンチに座る。
この公園は夜になると人通りがなくなるので山羊と話していても不思議がられることはない。
偶然近くを通った人には気味悪がられるかもしれないけど。

ベンチに座った俺の足元で、山羊も同じように腰を下ろす。
コーヒーの缶を開けて飲むと吐くと白い息が上がった。
なんとはなしに、山羊に話しかける。

「お前が来てから結構たったな」
「一・二か月ですけどね」
「寒くなったよ」

もう一口コーヒーを飲んで空を見上げる。
紺色の夜空にちかちか光る星と動いていく光。飛行機かな。
缶をベンチに置いて、ぐっと背伸びをする。

「あのさ、前から思ってたんだけど、お前がもらいにきた一番の内容って決まってんの?」
「内容とは?」
「一番って言っても色々あるじゃん。大事にしてるとか気にしてるとか」
「あぁ、それはなんでもよいのです!定義は問いません。あなたの一番をちょうだいいただけたらよいのです」
「へー、なんでもいいんだ」

てっきり、やばいものを渡さなくちゃいけないのかと思ってた。
ということは、本当に何でもいいんだよな。
つーか、そもそも何目的でこいつが現れたのか聞いてなかった。

「一番なんか集めて何するんだ?悪魔の生贄にでもすんの?」
「そうですね、大魔王様自身が処理することもあれば、わたしたちがいただくこともあります!素晴らしいですよ!」
「うっわ、それ絶対きついだろ。例えば今までに何が集まったんだ?」
「わたしが覚えている限りですと…小さい頃の記憶や思い出に感情、親の忘れ形見や食べ物に金品など、数えきれないほどありますね」

山羊は空中を見ながら言葉を並べる。
物体でなければいけない、ということではないらしい。
しかし話を聞いていると後味の悪いものもある。
小さい頃の記憶なんて、あってなんぼのもんだろ。なくしちゃダメだろ。
思わず眉を寄せると、それをめざとく見つけた山羊が甲高い声を出す。

「もちろん、これらは差し出す人からちょうだいしたものですので、必ずしもわたしたちが奪ったものではありません!」
「でも、小さい頃の記憶なんて……」
「それは確か『一番苦しかったとき』でちょうだいしたものです。覚えていることすら嫌と言われましたので!」

山羊は口をモゴモゴさせている。
言い返せなかった。

コーヒーの缶に触れるとさっきよりぬるくなっている。
口をつけると缶の冷えた部分が唇に当たる。ちくしょう。
嫌なものをすすんで差し出すのか、好きなものを奪われていくのか。
どちらも違う気がした。





はぁ、と息を吐く。

「――そんじゃ、お前」
「と、言いますと?」
「だからお前だって。山羊。俺の一番」
「はて、それはなんの一番ですか?」
「最近一番仲のいいやつ、お前」

ついついと指を動かして山羊の目線に合わせる。

「これならお前が向こうに帰るだけだ。誰も何も取られない」



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