企画◆

□山羊といっしょ
1ページ/4ページ

大学の講義が終わるともう外は暗い。夕日が沈みきると一気に肌寒くなる。
俺はフリースの上着を擦る合わせ寮へ続く道を足早に歩く。

「一番を……」

どこからか声がして、「ん?」と後ろを振り返ると赤いポストの影に何かがいた。もぞもぞと動いている。
首を傾けてを見ようとすると、影からゆっくりと「何か」が出てきた。

それは山羊の姿をした生き物だった。

というか山羊だった。ただの山羊だった。メェーと鳴く、四本足の山羊だった。
ちょうど人の腰の位置に頭が来る大きさの山羊だ。
山羊の大きさの平均がどれくらいなんて知ったこっちゃないので、こいつがでかいのか小さいのか分からない。

俺はきょろきょろとあたりを見回す。
しかしどう見ても俺と謎の山羊しかいない。
困惑したままもう一度山羊を見ると、口がぱかりと開いて甲高い声がした。

「あなたの一番をちょうだい!」
「は?」
「何でもいいのです、あなたの一番がほしいのです!」

男のような女のような機械合成のような不思議な声だ。気持ち悪い。
ていうかなんで山羊がしゃべってんだ。
二・三度瞬きをして、山羊の様子を見る。

「どっかにスピーカーでもついてんのか……?」
「いいえ!これはわたしの姿です!声もわたしのものです!ここに存在するのは正真正銘のわたしです!」

きんきんと高い声が耳をつんざく。
うるせえ。思わず両耳を塞ぐと、山羊は俺の服を噛んだ。
丸い目玉の中に引かれた横線がこちらを見つめてくる。気持ち悪い。
つーか、どういうこと?なんで山羊がしゃべってんの?夢でも見てんの?俺なんか悪いことした?
山羊は感情なんてないように再び同じ言葉を繰り返す。

「ほら、早くあなたの一番をちょうだい!わたしだって忙しいのです!」
「おい、噛むな。意味分かんねえよ、なんなんだよお前」
「もしや、一から説明しなくてはいけないのでしょうか」
「説明っつーか……うん、説明しろ、まったく意味が分からん」
「なるほどそうですか。ヒトというものは面倒くさい生き物ですね!」

山羊は、横線の入った変わらない目で俺を見る。
話すたびに服を噛みながら口を動かすので服が山羊の唾液で濡れていく。なんだこれ嫌すぎる。

「ついてきてください!」

そういうと山羊は俺の服から口を離し、とことこと先を歩き始めた。
歩き出した方向は寮と逆方向で、なぜかその途端面倒くさくなった。

「あー、やっぱいいわ。お前ひとりで行け。俺には関係ない」
「はて、なぜでしょうか。歩くのがお辛いのですか?」
「うん。つらいつらい。俺は今きっと夢でも見てる。さっきの講義で寝すぎたから寝ぼけてるんだ。だからお前みたいな山羊なんて知らねえし俺はこれから寮に帰ってレポートを仕上げないといけないんだ」
「わたしはそれでもいいですし、あなたがどうなろうとも構いませんが」
「どーにだってならねえよ、夢だ夢、こんなの夢――」
「端的に申しますと、わたしは悪魔の手先なのです!」
「は?」

ひたすら夢だと思い込もうとしたら、俺を見上げていた山羊が意味の分からんことを言った。
悪魔?悪魔ってあの悪魔?
ぽかんとする俺を放置して、山羊は口をもごもごとさせながら続ける。

「悪魔とは悪いことをする魔物という意味で、人間の世界で有名な悪魔といえばファウストに登場するメフィストフェレスでしょうか!きっと聞いたことがあるはずです。さらに言えば悪魔というものは――」
「あ、いや、もういい。とりあえず用件だけ教えてくれ。あれか、さっき言ってた一番がどうのこうのってやつか?」

べらべらと得意げに話す山羊のセリフを遮って俺は手を前に出した。
さっきから言ってることとやってることが食い違いすぎてやばい気がする。混乱するってこういうことなのか。

だんだん眉間に皺が寄ってくる俺とは対照的に、山羊は目を細めてにんまりと笑った。



「あなたの一番をちょうだいします。いただけるまでわたしはあなたを逃がしません」



>>
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ