創作長編◆
□さいはてナナメ上
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書類の山から抜け出した衣千子は長机の端に座って他の3人を見回す。
「一応点呼します」
「あーい」
「シュウ、真面目にしろ」
「はいはい、ふたりとも喧嘩しないの」
男子ふたりを落ち着かせるのは、たいていが冬貴の役目だ。
衣千子は小さく笑って冬貴にありがとうと囁く。冬貴は薄くマニキュアを塗った爪を見ながら「どうも」と呟いた。
衣千子は気を取り直して、出席表に書いてある執行部メンバーの名前を読む。
「副会長、馬場くん」
「あーい」
「会計、矢田野くん」
「はい」
「書記、柴山さん」
「はぁい」
「はい、全員出席。じゃあ、今日も昨日と同じで、参加許可する団体の選別をしたいと思います」
衣千子はダンボールの箱に入った大量の書類を取り出す。何枚もあるので見るのも一苦労だ。
しばらくは全員が黙々と作業をしていたが、沈黙に耐えられなくなったのか、秀介がCDコンポの電源を入れて音楽をかける。
生徒会室には歴代の先輩が残していった様々な品が置いてある。
文具などは学校側からの費用で買ったものも多いが、そのほとんどは家で使わなくなったものを持ってきたのだ。
ちなみに秀介が電源を入れたCDコンポは後者に当たる。
「あ、そうだ、いっちゃん」
ふと、冬貴が顔を上げた。
「どうしたの?」
「あのね、さっき新聞部さんが文化祭の時よろしくお願いしますって来たのよ」
冬貴の言葉に男子ふたりも顔を上げる。
「マジか…ついに来たか…!」
「え、何?なんなん?あきら、どういうこと?」
戦慄の走った顔をするあきらとは対照的に、意味の分かっていない秀介はクエスチョンマークを大量に飛ばした。
冬貴も秀介と同じく意味が理解できていない顔で衣千子を見た。
今年の執行部は全員が3年生だ。
去年から生徒会に関わってきたのは衣千子とあきらのみで、秀介と冬貴は今年度から加入したメンバーになる。
ゆえに「新聞部が来た」ということに普通以上の意味を感じ取るのは前者のふたりだけだ。
「なんで新聞部がやばいん?しがらみでもあんの?」
「あー…なんていうかな…」
秀介の疑問にあきらは頬杖をついてため息を吐いた。
理由という理由はあるが、それは衣千子やあきら自身が体験したものではなく、生徒会に代々伝わる注意事項というべきだろうか。
あきらから視線を受けた衣千子は少し重くなった口を開く。
「…なんていうか、文化祭で失敗したら校内新聞に大きく書かれちゃうの」
「あー、すっぱ抜かれるっちゅーことか」
「つまりスクープ記事ってわけねぇ」
秀介も冬貴も頬を引きつらせて頷く。
新聞部はたくさんある文化部の中でもそこそこ歴史が長く、全国大会でも賞を取ることも少なくない。部員数も単純計算して執行部の5倍はいるらしい。
校内新聞の活動以外にも、文化祭や体育祭などの大きい行事になるとクラスや他部活の準備や取材で走り回っている姿をよく見るようになる。
「あかんあかん、今年の部長を舐めとったらあかんぞ!俺、あいつと同じクラスやけどなんか怖いし!」
秀介は頭が取れそうな勢いで首を振る。
昼休みも放課後も生徒会室に入りびたりの生活をしている秀介にここまで言わせるなんてその部長は一体どんな人物なのか。
秀介を除く3人はその部長に会ったことがないので不安が増大していく。
ふと、あきらは秀介に問いかけた。
「名前なんていうんだっけ、その人」
「岡。岡美香奈。『おかみか』って呼ばれとる」
「『おかみか』さんね…」
可愛い名前なのに、今はその名が恐ろしく感じられるのは嘘ではない。
しばらく黙っていた冬貴が爪のコーティングを蛍光灯に照らしながら呟く。
「ていうか、なんでそんなに怖がられてるの?昔スクープでもされたわけ?」
「……うん、そのまさかなの」
衣千子はイスから立ち上がり過去の資料が収められている棚に向かい、ファイルから目当てのプリントを見つけた。
そこにはその年の文化祭で生徒会がやってしまった失敗のひとつに新聞部から疑問が投げかけられていた。
だが決して悪い内容ではない。もっともな失敗にもっともな指摘がされている。
「スクープはされてるけど、これは多分…当時の先輩達の立つ瀬がなかったからだろうね。意見としてはかなりまともなものだし…」
衣千子はプリントに書かれた文章を読みながら他の三人に向き合った。
衣千子は「失敗しなければ大丈夫だよ」と締めくくり、ファイルを棚に戻す。
そのとき、閉めていたはずの扉がコンコンとノックされた。
誰だろうと衣千子が扉を開けると、
「こんにちはー。新聞部の岡ですー」
「お、岡さん?」
噂の新聞部部長、岡美香奈が登場した。
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