創作長編◆

□虹色ピストルズ
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〔赤〕


「中毒だね」

有紀が箒を動かしながら言った。

「誰が?」
「あんたが」
「なんの?」
「音楽」
「なんで?」
「そうやって聞いてるから」

なるほど、と泰史は頷く。

「んで、掃除の邪魔なの」
「あ、ごめん」

泰史は片方のイヤホンを耳から抜いて椅子から窓枠に移動する。
「邪魔して悪い」と手を合わせるも、教室を出ようとはしない。まず、そんな気を起こさないのが泰史だ。
こんなことは泰史や掃除当番にあたった班からしてみれば日常茶飯事なのだが、どうにも有紀は我慢できなかったらしい。

大きくため息をつき、箒の柄で泰史の足をひっぱたく。
いてぇっ、と声を上げた泰史を軽く一瞥して、箒を持った本人は班員の元に戻っていった。

おぉーいてぇー、と痛みの残る足を触りつつ、泰史は再びイヤホンを耳に突っ込む。
本当はイヤホンじゃなくてヘッドホンが欲しかったのだが、周囲から「こちらの世界に帰ってこなくなる」という理由ですぐさま却下された。
親からも「使っているのを見つけたら即没収」という脅しまで受けているので安易に逆らうわけにもいかない。
でもヘッドホンのほうが音がこもってて良いんだけどなぁ、と泰史は窓枠についた汚れを手で払ってもやもやと考える。

色を変えはじめた遠くの空に飛行機雲が見える。
さみしそうだな、と思う。
たった一本だけでこんな赤くて広い空間に閉じ込められているみたいで。

「他の仲間はどこ行っちゃったんだろうな」

ぽそりと誰にも聞こえない声で、誰にも見えないように唇を動かして雲に向かって呟く。
答えは返ってこない。

「おーい、ヤスー」
「なーにー?」
「耳コピ頼みたいんだけどさ、いま大丈夫?」

教室の外から誠がぴょこんと頭を出している。
日本人らしい黒い短髪が風に揺れて涼しげだ。少し寒そうにも見えるけれど。

「いいよ。どんな曲?」

泰史は窓枠から降りて制服の後ろをパタパタをたたく。
それを見た有紀から「せっかく掃除したのにゴミを落とさない!」というお叱りが飛んできた。
泰史はびくっと肩を揺らしてそそくさと誠の元へ向かう。誠は廊下の隅でうずくまって震えていた。

「お前…有紀ちゃんの尻にしかれてんじゃねーか」
「…そういう関係じゃねーよ」
「いやいや、面白いぞー、今の」

笑いをこらえずに誠は泰史の浅黒い頬を人差し指でつつく。
ぶすぶすと遠慮なく爪が刺さる。

「いってーな。刺すなよー」
「だって高校二年にもなって幼馴染みの女子と一緒ってだけでもイマドキ希少種だぞー?しかも有紀ちゃん委員長気質じゃんよ。このやろ、おいしいなー」
「おいしくねーよ。箒でたたかれるんだぞ」
「ははは、んなこと言っちゃって〜」
「だからつつくな!」

廊下にはまだいくらか生徒が残っていて、隣のクラスの知り合いに「お前らまたやってんのか」と笑われた。
今日は痛いしか言ってないな、と若干の悪意を持ってつつかれた左頬を押さえながら誠に向かって右手を突き出す。

「で?音源は?」
「あ、そうだった。えっと、この四トラックの真ん中くらいなんだけど…」

誠はブレザーのポケットから音楽プレイヤーを取り出して片方のイヤホンを自分の耳に入れる。しばらくの間はそうしていたが、不意にそれをやめて泰史に両方のイヤホンを渡した。

「ここんとこ。二分十八秒から三十四秒のベース。早くて分かりづらいんだ」
「分かった。もうちょい静かなところでもいいか」
「おっけ。音楽室でいいよな」

音楽室まで来ると、誠と同じ軽音楽部の部員が何人か楽器の練習をしていた。
部活に所属しているわけでも特に親しいクラスメイトがいるわけでもなく、つまり泰史はまったくの部外者だ。
しかし、誠のおかげで部員たちには顔パス状態になるまで知られている。
「おー」だの「久しぶりだな」だの部員同然の反応を返される。いつも受ける対応なのになぜか嬉しくて、泰史はひらひらと手を振り返す。

誠に案内されたのは防音室のすみのギターケースたちに囲まれた一角。いつも誠が練習している場所だ。
泰史はそこにあぐらをかいて両耳にイヤホンを入れ、誠が差しだした紙とペンをつかんだ。



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